森友学園問題

学園と政治家とのつながり:小学校設置構想の具体化へ

転機は2006年末。第一次安倍政権のもとで改悪教育基本法が施行された。先代の時代から「ゆくゆくは小学校も作りたい」と構想していたことを背景に、籠池氏は「愛国心を重視する教育基本法ができたことは、小学校設置のチャンス」ととらえ、小学校設置を具体化させることを決意した。

籠池氏は極右的な政治家に接近した。塚本幼稚園では、平沼赳夫衆議院議員や鴻池祥肇参議院議員など右派政治家の講演もおこなわれた。鴻池議員の講演は、辻淳子大阪市議(大阪維新の会)が会長を務め、在特会にも関与したレイシスト「マスキクン」こと増木重夫が事務局長を務める「教育再生百人の会」の主催としておこなわれ、単に会場を貸し出しだだけの関係にとどまらず、塚本幼稚園保護者をパネリストにしたシンポジウムや籠池理事長の挨拶もあった。

小学校設置構想の具体化には、学園所在地の淀川区選出の自民党府議だった畠成章氏(故人)などの力添えをえたとしている。畠氏は2010年の大阪維新の会結成には参加せずに自民党にとどまっていたものの、2011年の大阪府議選に不出馬で引退した。引退の際には引退表明をギリギリまで伸ばして自民党の後継候補擁立をできなくさせたことや、維新候補を事実上の後継者として一緒に挨拶回りしていたことなどが指摘されている。籠池氏と畠氏は2011年11月の大阪府知事選挙・大阪市長選挙の際、松井一郎知事候補・橋下徹大阪市長候補の商店街での練り歩き(桃太郎宣伝)に運動員として参加していたことが、テレビニュースの映像で指摘された。

2011年夏頃、籠池氏は大阪府の私学・大学課に対し、小学校の新規参入を考えていると話し、当時の学園の状況では学校設置基準を満たさないので参入は困難として規制緩和を求めた。橋下徹大阪府知事は「規制緩和」として基準見直しを指示し、松井一郎知事に交代した後の2012年4月に、森友学園が新規参入できるように緩和された新しい学校設置基準を策定した。

また森友学園が新しく設置を計画した小学校の名誉校長には、安倍晋三首相の妻・安倍昭恵氏が就任した。

学園の教育方針を礼賛していた維新

府政与党の大阪維新の会は、森友学園の教育方針を礼賛した。

当初は維新に属していたが、のちに維新と袂を分かった上西小百合元衆議院議員によると、「維新在籍時代、維新の上層部から、森友学園の視察をして教育方針を宣伝するように指示された」という。

また塚本幼稚園前の公園を幼稚園が運動場代わりに日常的に使用しているとして周辺住民から苦情が出て、苦情を背景に大阪市が植樹などの措置をとるとした問題があった。大阪市は公園工事の予告をしたが、学園側が工事に反対意見を述べた。大阪市の公園担当者が塚本幼稚園に出向いて説明した際、大阪維新の会の村上栄二大阪市議(当時)・市位謙太大阪市議が途中から学園側に同席し、村上氏は学園側の主張を代弁する形で、公園担当者を恫喝するような対応をとった。しかも村上氏は、恫喝行為を自ら自慢げにブログで書き批判を浴びた。

転機となったといわれる2012年2月26日のシンポジウム

2012年2月26日、日本教育再生機構大阪の主催で、大阪市内で教育問題のシンポジウムがおこなわれた。遠藤敬衆議院議員(維新)が司会を務め、パネリストは松井一郎大阪府知事と、当時1期目の首相を退任して一衆議院議員となっていた安倍晋三氏がつとめた。松井氏と安倍氏は「教育再生」、すなわち極右的な教育の推進で意気投合した。

大阪府私学審議会

籠池氏は2012年以降、小学校設置に向けた準備を具体化させた。2014年10月に学校設置認可申請が出され、2014年12月の私学審議会で認可の可否が審議された。しかしこの審議会では「継続審議」となった。

継続審議が決まった直後の2014年12月頃、籠池氏は旧知の松浦正人・山口県防府市長に相談し、松浦氏の知人である中川隆弘大阪府議(豊中市選出)を紹介されて面会した。籠池氏と中川氏は、それまでは面識がなかった。

松浦氏は「教育再生首長会議」の会長を務め、安倍晋三首相や日本教育再生機構にも近いとされている。

2015年1月の私学審議会では、校地予定地の土地が国有地を借地する予定にしている、国と正式契約を結んでいないであることなどの疑問が指摘された。また教育方針や財務状況についても疑問が出された。しかし大阪府は「国と確実に借地契約を結べる保障がある」などと説明、条件付き認可適当答申に持ち込んだ。