大阪市高等学校教育史

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大阪市立の高等学校について、教育史の概要を記す。

年表

~1899年(学校制度の始まり)

1880年11月 五代友厚らが現在の西区阿波座に大阪商業講習所を設置。大阪府に移管されたのちに大阪市に移管。のちの大阪市立大学や大阪市立天王寺商業高等学校のルーツ。

1886年 大阪府師範学校(のちの大阪教育大学)女学科より独立する形で、北区中之島に大阪府女学校を設置。のち大阪府高等女学校。

1889年4月 大阪市制施行

1889年10月 大阪府高等女学校が大阪市に移管。市立大阪高等女学校となる。

1900年~1939年(実業教育中心の整備)

1900年 大阪府教育十カ年計画。大阪市内の中等教育について、大阪府は普通教育を、大阪市は実業教育を主に担当する方針を決める。

1900年4月 大阪市立第二高等女学校が開校(現在の中央区東心斎橋)。従来の大阪高等女学校は大阪市立第一高等女学校に改称。

1901年4月 大阪市立第一・第二高等女学校の2校を大阪府に移管。

大阪市立第一高等女学校は大阪府立中之島高等女学校(のちの大阪府立大手前高等学校)として移管・改称。大阪市立第二高等学校は同年4月に府立として新設された清水谷高等女学校(のちの大阪府立清水谷高等学校)に編入合併する形で移行。

1903年 大阪市立育英商工補習学校(1921年大阪市立育英商工学校)が南区鰻谷東之町(現在の中央区島之内)に開校。のちの大阪市立住吉商業高等学校のルーツ。

1907年5月 市立大阪工業学校(のちの大阪市立都島工業高等学校)が北区北野牛丸町に創立。

1909年 大阪市立大阪工業学校付属工業補習夜学校(のち都島第二工業高校)が大阪工業学校内で開校。

1912年 市立大阪高等商業学校(大阪市立大学商学部などの前身)から附属甲種商業科を分離する形で、大阪市立大阪甲種商業学校(のち大阪市立天王寺商業学校→1948年大阪市立天王寺商業高等学校)を設置。

1916年 北区実科女学校(のち大阪市立桜宮高等女学校、大阪市立桜宮高等学校)が開校。北区の区有財産として設置。北区・泉布観跡地(現在の大阪市立北陵中学校敷地)。

当時の制度では区にも独自の予算編成権や徴税権などがあり、区会(区議会)も設置されていた。学校にかかる費用は区や地域で学区を設定し、地域の財産として経営することも可能だった。

1919年 大阪市立第二商業学校(のち大阪市立市岡商業高等学校)が西区市岡町(現在の港区磯路3丁目)に開校。これに伴い大阪市立大阪甲種商業学校は大阪市立第一商業学校に改称。

1919年 市立大阪実業学校(のち大阪市立実業学校)が北区中之島に開校。工業本科と商業本科を設置。のちの大阪市立淀商業高等学校などのルーツ。

1920年 東区甲種商業学校(のち大阪市立東商業学校→大阪市立東商業高等学校)が東区広小路町(現在の中央区上町)に開校。東区の区有財産として設置。東区は学校設置に100万円(現在の貨幣価値では50億円相当ともいわれる)を投じた。

1921年 大阪市立実践高等女学校(のち大阪市立扇町高等女学校、大阪市立扇町高等学校)が創立。「大阪府教育十カ年計画」以降では大阪市立として初めて高等女学校を設置。北区茶屋町に仮校舎を置き、その後扇町に移転。

1921年 大阪市立第一商業学校が大阪市立天王寺商業学校に、大阪市立第二商業学校が大阪市立市岡商業学校に、それぞれ改編。

1921年 東区甲種商業学校が東区の区有財産としての運営から大阪市直営に移管、大阪市立東商業学校に改編。

1921年 西区商業学校(のち大阪市立西商業学校→大阪市立西高等学校)が、西区北堀江に創立。

1921年 大阪市立泉尾工業学校(のちの大阪市立泉尾工業高等学校)の設立認可(9月)。化学系を中心とする工業学校として設置。翌1922年より授業開始。

1923年 大阪市立実践高等女学校を大阪市立高等女学校(のち扇町高等女学校、扇町高等学校)に改称。

1923年 東区女学校(高等東女学校、東高等女学校を経て、大阪市立東高等学校)が東区久太郎町に開校。東区の区有財産として設置。

1923年 大阪市立扇町商業学校(のち大阪市立扇町商業高等学校→扇町総合高等学校)が、北区西扇町(現在の北区神山町)に開校。

1923年 大阪市立工芸学校(のち大阪市立工芸高等学校)を設置。

1924年 西区高等実修女学校を高等西華女学校に改称。

1925年 大阪市立工業学校(のち都島工業高校)・大阪市立工業専修学校(のち都島第二工業高校)が北区(現都島区)善源寺町に移転

1926年 泉尾工業学校敷地内に夜間課程の大阪市立泉尾工業専修学校(のち大阪市立泉尾第二工業高等学校)を併設開校。

1926年 大阪市立工業学校が大阪市立都島工業学校に改称。

1927年 北区実科女学校が北区の区有財産から大阪市直営に移管、大阪市立実科高等女学校に改編。

1934年 大阪市立高等女学校が大阪市立扇町高等女学校に、大阪市立実科高等女学校が大阪市立桜宮高等女学校にそれぞれ改称。

1937年 大阪市立南高等女学校(のち大阪市立南高等学校)が南区西賑町(中央区谷町6丁目)に開校。育英高等小学校・育英家政女学校の敷地を転用。

1938年 南高等女学校内に夜間部の大阪市立南第二女学校を併設(1944年南第二高等女学校として独立)

1940年~1947年(戦時体制の影響)

1940年 大阪市立第六工業学校(1941年大阪市立生野工業学校→大阪市立生野工業高等学校)が開校。

1940年 大阪市立実業学校の工業科と商業科を分離、工業科を母体に酉島工業学校(戦後廃校)、商業科を母体に第七商業学校(のち淀商業高校)を、それぞれ設置。

1940年 大阪市立住吉商業学校(のち大阪市立住吉商業高等学校)が開校。育英商工学校から独立改組する形。

1941年 大阪市立中学校(のち大阪市立高等学校)を設置。

1941年 大阪市立工芸学校に夜間部の第二本科を設置。のち工芸高校定時制・第二工芸高等学校。

1941年 東区の高等東女学校、西区の高等西華女学校を、学区制の廃止によりそれぞれ大阪市直営の高等女学校として改編。大阪市立東高等女学校(のち大阪市立東高等学校)、大阪市立西華高等女学校に改編。西区商業学校も大阪市直営に移行。

1941年 大阪市立汎愛中学校(のち汎愛高等学校)を東区淡路町に設置認可。翌1942年より授業開始。

1943年 西区商業学校を大阪市立西商業学校に改称。

1943年 都島工業学校の高等課程が独立する形で、大阪市立都島高等工業学校を設置。

都島高等工業学校は1945年大阪市立都島工業専門学校に改編、1949年学制改革で新制大阪市立大学理工学部(のち理学部と工学部に分離)となる。
1943年 中等学校令の施行。従来は別の法令で規定されていた中学校・高等女学校・実業学校の設置根拠法令を一本化。中等学校の修業年限の4年制への短縮。

1944年 戦時体制により商業学校を縮小、大半の男子商業学校を工業学校に転換(天王寺商業・西商業のみ商業学校として存続)。

1944年 扇町商業学校、戦時体制に伴う商業学校縮小、および同年に新設された大阪市立医学専門学校(大阪市立大学医学部の前身)への校舎転用により、新入生募集停止(1946年募集再開)。

1944年 戦時体制に伴い、市内の国民学校校舎を転用して女子商業学校を増設。

1945年 大阪大空襲により市内の各校が被災。

1946年 酉島工業学校、機械・電気系学科を都島工業学校へ、工業化学系学科を泉尾工業学校に統合する形で廃校。

1947年 西華高等女学校の専攻科が独立する形で大阪市立女子専門学校を設置。本科は募集停止し西商業学校に授業委託ののち合併・廃校。

大阪市立女子専門学校は1949年、新制の大阪市立大学家政学部(のち生活科学部)となる。

1947年 学制改革により新制中学校制度が発足。旧制中等学校には新制の併設中学校が過渡的に設置され、1947年度2・3年の生徒は併設中学校の生徒として移行

1948年~1969年(新制高等学校設置)

1948年 学制改革により新制高等学校制度が発足。大阪市では旧制中等学校全校を暫定的に新制高等学校に移行させたが、戦災被害などを考慮して統廃合を進めた。

1948年 新制高等学校で男女共学を実施。旧制男子学校と女子学校との生徒交換(市立・扇町、汎愛・東、府立今宮・南など)、男子学校と女子学校の合併(天王寺商業・御津商業、住吉商業・芦池商業など)、入学試験による生徒募集での移行(扇町商業・泉尾工業など)が適宜併用された。

1948年 義務教育優先の方針により新制中学校設置を優先させるとして、桜宮高校校舎を新制中学校に転用し、南高校校舎に同居させる。

※1950年代当時、大阪特別市構想により、大阪市内の府立高校を市に移管する構想が出たが、構想のみにとどまった。

1950年 大阪市立西商業高校を大阪市立西高等学校に改称。

1950年 汎愛高校を東高校に合併。東高校の北校舎とする。

1952年 住吉商業高校の定時制課程を西高校定時制課程に移管。

1952年 汎愛高校が再独立。

1953年 工芸高校の定時制課程が大阪市立第二工芸高等学校として、西高校の定時制課程が西第二高等学校として、東高校の定時制課程が大阪市立東第二高等学校として、それぞれ独立。

1953年 桜宮高校、旧制学校時代とは別の場所、都島区毛馬町に独立校舎を設置し移転

1958年 大阪市立西高等学校を大阪市立西商業高等学校に再改称。西第二高等学校を西第二商業高等学校に改称。商業科の比率を増やす。

1960年 大阪市立東淀工業高校が開校。「東洋一の工業高校の創設」を目標としていた。

1962年 汎愛高校が東区から城東区(現・鶴見区)に移転

1963年 大阪市立鶴見商業高等学校が開校。

1970年~2013年(特色化・個性化へ)

1973年 大阪市高等学校教育検討委員会を設置。

1976年 大阪市高等学校教育審議会を設置し、特色ある高校教育の推進の方向を具体化させる。

1978年9月 大阪市教委、「枚方市にある市立高校を大阪府に有償譲渡したい」とする文書を府教委に送る。学校関係者の反対や、譲渡の条件が折り合わなかったことで白紙撤回。

1979年4月 東高校、東区久太郎町から都島区東野田・旧阪大工学部跡地に移転。

1979年11月 東商業高校校舎建て替えのため、旧東高校校舎に仮移転

1980年 桜宮高校に体育科を設置(府内公立高校で初)。

1981年 大阪市立新船場高等学校を設置。東第二・東第二商業の夜間定時制高校2校を統合し、東商業高校と校舎共有。

1982年2月 東商業高校の校舎建て替え完了し仮校舎から移転。

1986年3月 南第二高校が閉校

1986年7月 南高校校舎建て替えのため、浪速区・旧難波小学校に仮移転。

1988年 工芸高校を母体とした美術系専修学校として、大阪市立デザイン教育研究所を工芸高校内に併設。

1988年 南高校に英語科を設置(府内公立高校で初)。校舎建て替え完了し仮校舎から移転。

南高校では学校の要望として、「校舎建て替え」と「英語科および理数科の設置」が打ち出された。理数科は構想のみにとどまった。

1990年 都島工業高校に都市工学科を設置。

1991年 東高校に理数科を設置(府内公立高校で初)。南高校に国語科を設置(全国唯一)。

1992年 大阪市立中央高等学校が開校。扇町第二商業、西第二商業、天王寺第二商業、新船場の夜間定時制4高校を統合。

1992年 扇町高校に人文学科を設置。都島工業高校に理数工学科を設置。汎愛高校に体育科を設置。

※扇町高校では「芸術文化高校」構想として、人文系の学科のほか、芸術系学科や演劇系学科を併設する構想を立てていた。校舎の建て替えを前提としていたが、校舎建て替えを要さないと判断された人文学科が先行して設置された。また都島工業高校の理数工学科は、工業系学科ながらも、進学対策も重視するカリキュラムとした。

1993年 工芸高校で5学科を再編。泉尾工業高校の2学科を統合しファッション工学科を新設。市立高校に英語科・理数科を設置。汎愛高校に武道科を設置(日本唯一)。

1994年 西商業高校を西高校に改称。英語科(普通科系)・流通経済科(商業科系)・情報科学科(工業科系)の3学科を併設する総合制高校に改編。

1997年 東商業高校の商業科を商業系3学科に再編。天王寺商業高校に英語科を新設。

1998年 此花工業高校を総合学科に改編、此花総合高等学校に校名変更。将来的には中高一貫校に改編する構想もあった。

1999年 桜宮高校にスポーツ健康科学科を設置。東淀工業高校が工業科総合選択制に移行。

2001年 扇町商業高校を総合学科に改編、扇町総合高等学校に校名変更。

2003年 淀商業高校に福祉ボランティア科を設置。従来の商業科の課題研究に福祉講座が開講されていたことから発展。

2003年 鶴見商業高校、住吉商業高校を商業科総合選択制に移行。

2004年 泉尾第二工業高校、生野第二工業高校が閉校(3月)

2004年 大阪市教委、高大連携なども踏まえた「新商業高等学校」設置構想を発表。

2006年 中央高校を昼夜間単位制に移行。

2007年 大阪市教委、天王寺商業・市岡商業・東商業の3校統合で新商業高等学校(のちの大阪市立大阪ビジネスフロンティア高等学校)を設置する方針を発表。

2008年 大阪市立咲くやこの花中学校・高等学校(中高一貫校)が開校。扇町高校と此花総合高校を統合し、総合学科と演劇科・食物文化科を設置。両校の将来構想(扇町高校の芸術文化構想・此花総合高校の中高一貫校構想)を統一しておこなう形とした。

2010年 扇町高校、此花総合高校が閉校(3月)

2010年 住吉商業高校で商業科総合選択制をやめ通常の商業科に戻す。新商業高校設置構想との対比で、従来型の商業教育の追求で個性化を進めるとした。

2012年 天王寺商業・市岡商業・東商業の3校統合、従来の天王寺商業高校の敷地に大阪市立ビジネスフロンティア高等学校(OBF)が開校。前身校3校もOBFの校舎に移転。

2012年12月 桜宮高校「体罰」自殺事件発生。2013年1月に報道発表される。

2013年1月 大阪市長橋下徹、桜宮高校事件に関連して「同校体育科入試の中止」を要望。大阪市教委が応じ、この年は体育科の入試を中止して普通科に置き換え。

2014年~(府立移管の動き)

2014年3月 天王寺商業・市岡商業・東商業の3高校が閉校。

2014年4月 桜宮高校の体育系2学科を再編し、人間スポーツ科学科を設置。

2014年 維新府政・市政により、市立の高校の移管策動が浮上。9月には大阪市長橋下徹と大阪府知事松井一郎の間で「市外にある市立高校を先行して移管する」合意。

2017年 大阪市教委、西・南・扇町総合の3高校を統合し、教育に関する内容を軸にした「新普通科系高等学校」(のちの桜和高校)設置方針を決定。

2019年 大阪市立水都国際中学校・高等学校(中高一貫、公設民営校)が開校。

2019年 一度立ち消え状態になっていた「大阪市立高校の移管構想」が再び具体化、7月に大阪府・大阪市の両教育委員会で移管の基本合意。

2020年 西高校を教育情報科1学科に改編。南高校を英語探究科1学科に改編。いずれも桜和高校への統合準備。

2020年 大阪市教委、泉尾工業・生野工業・東淀工業の3工業高校の統合で新工業高校を設置する方針を決定。実際の設置は府立移管後。

2022年 大阪府へ移管

2022年 西・南・扇町総合の3校を統合し、従来の扇町総合高校の敷地に府立桜和高校開校。前身校の3校は桜和高校の校舎内に移転。
2022年 この年入学の生徒より、都島第二工業高校を府立都島工業高校定時制課程、第二工芸高校を府立工芸高校定時制課程として、それぞれ統合・移行して生徒募集。

2022年 汎愛高校の体育科と武道科を体育科に一本化。

2024年 西・南・扇町総合の3校が閉校(3月)

2025年 都島第二工業・第二工芸の2校が閉校(3月)

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