名古屋経済大学市邨中学校いじめ後遺症自殺事件

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愛知県名古屋市の私立名古屋経済大学市邨中学校1年だった女子生徒が在学中の2002年にいじめを受け、転校したものの後遺症でPTSDなどの精神症状を発症し、4年後の2006年に自殺した事件。一審判決では、いじめの後遺症で自殺したとする因果関係を認定した。

経過

この女子生徒は2002年、名古屋経済大学市邨中学校に入学した。しかし1年だった2002年夏頃からいじめを受けるようになった。同級生8人から「キモい」「ウザい」「死ね」「まだ生きているのか」「反吐が出るから学校に来るな」など暴言を受け、また教科書やノートに落書きされる、自席の机の下にゴミがまかれる、上履きを投げつけられる、スカートを切られる、上履きの中に画鋲を貼り付けられる、学級写真の当該女子生徒の顔を黒く塗りつぶされるなどのいじめがあった。生徒は外国にルーツがあったからか、容姿に関する暴言もあったという。

女子生徒は1年時の3学期、画鋲の入れられた上履きを持って、担任教諭に被害を訴えた。しかし担任教諭は「俺のクラスにいじめなんかするやつはおらん。お前の思い過ごしだ」などと吐き捨てたという。

1年時の3学期、この生徒が教室に入ると、生徒を見つけたいじめ加害者が「臭いから窓を開ける」とこれ見よがしに大声で言い立て、教室だけではなく廊下の窓まで開けた。生徒は事件を機に、「これ以上この学校にいたくない」と訴えた。加害者が窓を開けた様子については、普通の様子ではなかったとする、目撃者の同級生の証言があったという。

生徒の家族が学校に連絡すると、担任は「退学手続きに必要なのではんこを持ってきてください」と事務的な対応だったとされる。

生徒は2年進級時の2003年4月、愛知県内の公立中学校に転校した。さらに中学3年時には、帰国子女や外国ルーツの生徒を多く受け入れている愛知県内の別の私立中高一貫校に転校した。転校先ではいずれもいじめはなかったものの、中学校1年時のいじめが強いトラウマとなっていて、生徒は後遺症で精神的な症状を発症した。

転校先の中学校では、授業中に突然パニック状態になり、「みんなが死ねといっている」と叫ぶなど、いじめがフラッシュバックする症状が出るなどし、PTSDと診断された。また別人格が現れる解離性同一性障害の症状も出た。

生徒は精神症状に苦しめられ、いじめ被害から4年後の高校2年時、2006年8月18日に愛知県内の自宅マンションから飛び降り自殺した。「くるしいよ」などとするメモを残していた。

生徒の自殺後、生徒の家族が遺品を整理していると、生徒が中学校2年の頃に書いたとみられる、いじめ被害に関するメモが出てきた。いじめ加害者とされる8人の生徒と担任教師の実名を名指しして「市邨のやつには負けない。おぼえとけ」などと記されていた。

メモを発見した家族は、学校側に連絡して調査を申し入れた。しかし学校側は調査を拒否し、さらには「線香を上げに行けば学校がいじめを認めたことになる」と発言したという。

この事案は2008年11月になり、複数のマスコミで報道された。

民事訴訟

学校側との話し合いは平行線となった。

また生徒の家族側は加害者側にも接触を試みた。一部の加害生徒は当初は、家族の聴き取りに対していじめを認めたものの、その後接触できなくなった。

家族側は2009年4月、加害生徒とその保護者を相手取り、愛知県弁護士会の紛争解決センターに仲裁を申し立てた。しかし加害生徒側はいずれも、対象者のほとんどが話し合いの拒否を事前通知し、通知のなかった者も含めて加害者側は誰も当日会場に現れず、仲裁は不成立に終わった。

生徒の家族は、時効が差し迫った2009年8月11日、学校運営母体の学校法人市邨学園と、理事長・校長・担任教師、いじめ加害生徒8人、生徒の保護者15人を相手取り、総額約4260万円の損害賠償を求める訴訟を名古屋地裁に起こした。

加害生徒側とはその後、「死亡した生徒に哀悼の意を表し、和解金を支払う」とする内容での和解が成立した。生徒の家族側は「加害者側が和解を望むなら、それまでにその機会は何度もあった。和解条文に『いじめを認め謝罪する』という文言もなく、不十分」として和解には否定的だったものの、裁判所が「和解し第三者の立場で証言させた方が、本来の目的の反省、謝罪の言葉が聞かれる可能性は高い」と強く勧めたことで和解に至ったという。

しかし加害生徒の一部は、和解成立後に学校側の証人として出廷し、「いじめはなかった」とする主張をおこなった。「当該生徒とは仲良くしていたが、生徒は被害妄想が激しかった」などと中傷し、家族との話し合いでいじめを認めたのは「生徒の家族が強い態度を取ったことで、無理やりいわされた形になった。家族からいつまでもつきまとわれる恐怖感を感じた」からなどとした。

週刊誌取材によると、加害生徒側は「いじめを認めて和解したわけではない。『裁判で不利になっている状況なので、判決が出るよりも和解の方が支払う金額は安く済む。そのことで被告の立場を外れることができ、裁判当時大学生や社会人となっていた元生徒の将来や、本人・家族の生活にもダメージが少ない』と、弁護士から勧められて渋々応じただけ」などと話したという。

名古屋地裁は2011年5月20日、いじめの事実関係を認定した上で、生徒が死亡したのはいじめおよびその後遺症が原因だという因果関係、自殺の予見可能性を認定し、学校側に約1490万円の損害賠償を命じる判決を出した。いじめによって後遺症を発症し、数年経ってから自殺した事案について、いじめと死亡との因果関係を認定した判決は、初めてだとみられる。

学校側は即日控訴した。二審名古屋高裁は2012年12月25日、いじめ行為および学校側がいじめを放置したこと、いじめによって生徒が精神症状を発症したことは一審に引き続き認めたものの、いじめと自殺との因果関係は認定せず、賠償額を約610万円に減額する判決を出した。その後高裁判決が確定した。