大阪市立中学校剣道部性的虐待事件

大阪市立中学校の剣道部顧問教諭が部員に暴力や性的虐待行為を繰り返したことが、12年後に裁判で認定された事件。当該教諭は事件を否定したものの、判決確定後に懲戒免職。

事件概要

大阪市南部の大阪市立中学校に1996年、保健体育科教諭として別の市立中学校から着任した男性教諭・E(1996年当時32歳)は、剣道部顧問となった。この学校の剣道部は、教諭着任後に全国大会出場レベルの実績を残す部活動になったという。

同校に1996年度に入学した女子生徒3人は、入学後に剣道部に入部した。Eは女子生徒らに対して、部活指導と称して「全国大会に出るにはプライドを捨てろ」「先生と気持ちを通じないとあかん」などと発言し、竹刀でのどを突く・生徒に「3回回ってワンと言え」と強要する・生徒らを下着姿にさせる・体を押さえつけて床をなめさせる・太鼓のばちで殴るなど、暴力行為やわいせつ行為を繰り返した。Eは被害生徒に対して、口止めを強要していたともいう。

被害は1996年度から続いていた。

事件発覚

被害にあった女性の1人・Aさんは高校卒業後の2002年夏頃、母親に事件を打ち明けた。Aさんの母親は2003年2月、匿名の告発文書を中学校や大阪市教育委員会・地元警察署などに送付したという。しかしこの時は具体的な調査はされなかった。

母親は2004年3月25日、大阪市教育委員会のサポートルームが設置する「学校におけるセクシュアル・ハラスメント電話相談」に事件のことを電話で相談した。また2004年4月4日にもAさん本人が相談電話をかけている。大阪市教育委員会は被害者らへの面談調査をおこなうことになり、2004年5月6日以降複数回にわたって面談を実施した。

一方で2004年4月から8月にかけ、別の複数の元部員の保護者からも「自分の子どもは直接の被害を受けていないが、Eが暴力やセクハラをおこなっていると聞いたことがあると訴えている」と相次いで情報が寄せられた。

大阪市教育委員会はこれらの情報を受け、2004年9月に被害生徒と同学年の女子部員12人を対象に調査をおこなった。4人は転居などで調査用紙を送付できず、また3人は調査用紙を送付したものの無回答だった。回答のあった5人のうち2人が被害を訴えた。

大阪市教育委員会の担当者は2004年11月26日、Aさん親子との面談の際、「Eに対して、Aさんの名前を出して事情聴取をおこなってよいか」と尋ねた。名前を出すことについては、Aさん側は断ったという。

さらに2005年4月15日の面談で、大阪市教育委員会の担当者は、Eに事情聴取をおこなったが否定したとして、現時点ではEの処分は保留するという意向を通知した。この面談では、市教委の担当者は「もし処分を強行すると裁判になる可能性がある」と発言したという。これは、Eが「事実無根の理由で不当処分を受けた」「自称被害者のでっちあげ」などと主張して大阪市教委や被害者を相手に裁判を起こす可能性がある、という意味だと思われる。

2005年7月7日の面談では、被害者と同学年の元部員のみにとどまらず、下の学年の元部員に対しても調査を実施するよう被害者側が申し入れた。しかし大阪市教育委員会は調査しないという意向を示した。

Eは2004年3月まで事件のあった中学校の教諭として勤務していたが、事件発覚と前後して2004年4月に別の大阪市立中学校の教頭に昇進した。教頭を1年間つとめたのち、2005年に大阪市教育センター指導主事(教頭待遇)として異動した。

被害者側が民事訴訟起こす

被害者側は2006年5月19日付で、「Eに謝罪を求める」「大阪市教育委員会にEを処分させる」の2点を求め、大阪簡裁に民事調停を申し立てた。しかしEが事実関係を全面否認するなどしたために民事調停は不調に終わり、2006年11月9日付でに不成立で終了した。

そのためAさん・Aさんの母親と、別の元部員の女性2人の計4人が原告となり、2006年12月にE個人と大阪市を相手取って大阪地裁に提訴した。原告によると、Eの行為は「伝統の儀式」と呼ばれ、原告となった元生徒のほかにも多数の被害者がいるという。また事件の調査が始まると、Eは元部員に対して、事実を話さないよう圧力をかけたことも指摘した。

Eは「剣道の競技の特性上、練習過程として竹刀が当たることもあったが、練習の一環であり暴行ではない」などとして暴行の大半は否定した。またわいせつ行為についても全面否定した。その一方で「指導通りにできなかったときに太鼓のバチでたたいたことはあった」などと、一部の「体罰」・暴力については実質的に認めていたという。

また大阪市は、損害賠償請求期限(3年)が過ぎていると主張した。それに対して被害者側は「被害に遭っていた中学生当時はEの行為を違法と認識できず、Eの行為を剣道が強くなるために必要な行為だと思いこまされていた。事件調査の中で2004年になって初めて呪縛が解け、違法性が認識できるようになった」などとして、違法性を認識した2004年から起算し、損害賠償請求期限の消滅時効は成立していないと反論した。

大阪地裁は2008年5月20日、Eの暴力・わいせつ行為を全面的に認定したうえでEの行為を違法行為と判断し、大阪市に対して教育環境への配慮義務違反を認めて慰謝料100万円を原告に支払うよう命じる判決を出した。判決では、Eが太鼓のバチで殴るなどしたことを不法な「体罰」と判断し、また下着姿にさせたことなどをセクハラ行為と認定した。

一方でE個人への請求は、時効を理由に退けられた。時効については「中学生当時は不法行為に気づくことができなかったとしても、高校進学後の環境変化や知識習得などで加害者の不法行為が認識できる」として、遅くとも高校卒業時(2002年3月末)から3年後の2005年3月末には消滅時効が成立していると判断した。

判決後も大阪市教育委員会の調査に対し、E本人は事実関係を否定し続けた。しかし大阪市教委はEの主張について「判決を覆すほどの主張ではない」と判断した。

大阪市は控訴せず、2008年6月4日付で一審判決が確定した。その後同年6月18日付で被害者に賠償金を支払った。

判決確定で懲戒免職、賠償金請求

大阪市教育委員会は2008年6月27日付で、当時教育センター指導主事として勤務していたEを懲戒免職処分にした。

また大阪市は国家賠償法に基づいて、被害者に支払った賠償金相当額の支払いをE個人に対して請求した。しかし大阪市の請求に対して、Eは拒否する意向を示した。そのため大阪市は2008年9月、「個人に求償するのは異例だが、指導を逸脱した故意の不法行為を重くみた」として、Eに対して、被害者に支払った賠償金相当額約107万円を大阪市に支払うよう求める訴訟を大阪地裁に提訴した。