「体罰」・対生徒暴力事件関連年表

いわゆる「体罰」事件や、教師による対生徒暴力事件について、関連する出来事を年表形式でまとめています。

1879年-1959年

  • 1879年 教育令が公布され学校での「体罰」禁止が明記される。法令上はこの時以降現在に至るまで一貫して「体罰」は違法行為として禁止されている。
  • 1933年9月 東京市松沢尋常小学校(現・世田谷区立松沢小学校)で、担任訓導が「模試の答案に名前を書き忘れた」として6年女子児童を平手打ち。上級学校への受験指導激化が背景にあった。
  • 1947年 学校教育法が成立。「体罰」禁止を明記。
  • 1949年 法務府「生徒に対する体罰禁止に関する教師の心得」が出される。
  • 1949年5月6日 東京都台東区立今戸中学校(現在は統廃合で台東区立桜橋中学校)で1年の学年担当の教諭が、「PTAの学級総会に保護者が1人も出席しなかったのは、生徒が出席を妨害したからに違いない」と思い込み、生徒179人を整列させて一人ずつ平手打ち。教諭は工作科(現在の美術科および技術科の前身の一つ)担当の教師として4月に採用されたばかりだったが、事件を受けて辞職。
  • 1952年4月24日 東京都の東京学芸大学附属世田谷中学校で、授業中に「体罰」を受けた男子生徒が、直後に校舎から飛び降り自殺。
  • 1955年12月 茨城県立取手第二高校の女子生徒が、同校の教師を実名で名指しし「体罰」を恨むとした遺書を残して自殺。
  • 1957年7月5日 東京都の芝中学校で、男性教諭が生徒を殴り死亡させる。
  • 1958年6月16日 東京都渋谷区立西原小学校で、4年学年担当の教諭が「自習中に騒いだ」として4年の男子児童を床に寝かせ、水に入ったバケツや椅子を乗せる「軍隊式体罰」。事件当時このクラスの担任教諭は校外出張で自習になり、隣のクラスの担任がこのクラスの自習の様子を見ていた。

1960-1969年

  • 1962年9月25日 福岡県立田川東高校3年の男子生徒が、担任教諭からの「体罰」を苦にして自殺。
  • 1962年11月6日 群馬県太田市立南中学校で「校内にお菓子を持ち込んで昼休みに食た罰」として、担任教諭が3年男子生徒8人に対し、校庭を走らせる罰を科す。直後に生徒1人が倒れて意識不明になり死亡。
  • 1965年9月 群馬県高崎市立長野小学校で4年担任教諭が男子児童の頭部をたたく。児童は「体罰」後体調が悪化し、くも膜下出血で入院。教師は「事件に責任を感じた」として1966年2月に自殺。
  • 1968年2月 1966年5月に「体罰」で児童2人に重傷を負わせた、群馬県榛東村立小学校教諭(事件後に辞職)に対し、東京高裁が実刑判決を下す。

1970-79年

  • 1970年7月10日 千葉県山田町立山倉中学校(1980年廃校。統廃合や自治体合併を経て現・香取市立山田中学校)で「宿題を忘れた罰」として、男性教諭が生徒約10人にグランドを10周走るよう命じる。生徒一人が直後に体調不良を訴え意識不明になり9日後に死亡。
  • 1972年2月1日 横浜市立六浦中学校で体育担当の教諭が、座学形式の授業で「生徒21人が教科書を忘れた」として、教室の石油ストーブの上に置いていたやかんから、ストーブの灰かき棒で熱湯をすくいだし、生徒の首筋に熱湯を灰かき棒1杯(約6cc)ずつかけた。21人全員がやけどを負う。横浜市教委は教諭を停職10日の処分。
  • 1972年9月7日 「群馬県高崎市立長野小学校で1965年、担任教諭から頭部を殴られる『体罰』を受けくも膜下出血を発症した。一度治癒したものの2年後に再発し後遺症が残った」として被害者が高崎市に損害賠償を求めた訴訟、前橋地裁高崎支部は教諭の行為を「体罰」と認定した上で、「体罰」と一度目のくも膜下出血との因果関係を認定、約108万円の損害賠償を高崎市に命じる判決。一方で2年後の再発については因果関係認めず。
  • 1973年10月4日 「必殺宙ぶらりん」事件。千葉県立安房農業高校の体育の授業で「必殺宙ぶらりん」なる罰を科された女子生徒が体育館2階から転落して重傷を負う。
  • 1976年5月12日 水戸五中事件。茨城県水戸市立水戸第五中学校で、女性教諭が男子生徒に「体罰」。被害生徒は8日後に死亡。
  • 1977年12月25日 福岡県立田川東高校「体罰」自殺事件(1962年)の民事訴訟で、最高裁は遺族の上告を棄却。「教師の行為は違法な懲戒行為だが、自殺との因果関係はない」とした判決が確定。

1980年-1989年

  • 1981年4月1日 水戸五中事件(1976年)で暴行罪に問われた教師、二審東京高裁で逆転無罪判決。
  • 1981年5月2日 千葉県立流山中央高校で、教師による激しい暴力・「体罰」や管理教育が横行していたことに怒った生徒ら約40人が、暴力や管理教育の中心となっていた生徒指導部の教諭3人をつるし上げる騒ぎ。その後同校では校内暴力・校長の自殺などの問題が立て続けに起こる。
  • 1982年 愛知県のPTA、学校教育法の「体罰」禁止規定を削除し「体罰」を合法化するよう求める運動をおこなう。
  • 1983年6月13日 「ヨット指導と称して暴行や監禁を繰り返し、計4人を死亡させた」などとして、愛知県の「戸塚ヨットスクール」校長・戸塚宏と同校コーチらが、訓練生への傷害致死容疑などで逮捕される。
  • 1985年3月23日 岐阜県立中津商業高校で、陸上部顧問からの「体罰」・暴行を苦にした部員の女子生徒が自殺。
  • 1985年5月9日 岐阜県立岐陽高校の修学旅行中、宿泊先の茨城県で「持ち込みが禁止されたドライヤーを持ち込んだ」として担任教諭が暴行を加え、男子生徒を死亡させる。
  • 1985年11月20日 「1985年9月に児童を殴って重傷を負わせた。他にも日常的に暴力や暴言を繰り返した」として、東京都教育委員会は同日付で江戸川区立清新第一小学校の男性教諭を諭旨免職。東京都での「体罰」による免職は初めて。
  • 1986年3月18日 岐阜県立岐陽高校「体罰」死事件、加害教師に懲役3年の実刑判決。
  • 1986年7月2日 石川県小松市立芦城中学校で、「忘れ物が多い」として担任教諭が2年生の男子生徒を殴り死亡させる。
  • 1987年1月17日 川崎市立桜本小学校で、養護学級担任の男性教諭が2年男子児童の頭部を殴り死亡させる。児童は頭蓋骨に障害を持っていた。
  • 1987年8月16日 夏の全国高校野球選手権大会に出場していた佐賀県立佐賀工業高校の野球部で、滞在中の宿舎で監督が、部員7人に対して金属バットで殴る「体罰」を加えた。うち部員2人がケガ。
  • 1987年8月26日 石川県小松市立芦城中学校「体罰」死事件、金沢地裁は加害教師に執行猶予付きの有罪判決。
  • 1988年11月 川崎市立桜本小学校「体罰」死事件、最高裁で加害教諭への実刑判決が確定。
  • 1989年11月20日 児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)、国連で採択。

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