2018年中学校道徳教科書採択には、新規の出版社として「道徳教育専門」と銘打つ「日本教科書株式会社」が参入した。
この会社については、反動的・復古的な内容を記載しているとして、警戒されてきた。
教科書会社設立の背景
「日本教科書」はこれまで他教科も含めて、検定教科書を発行したことはない。2018年度の中学校道徳教科書採択に初参入した。
登記簿によると、「日本教科書」は2016年5月10日に設立された。当初の代表取締役は、八木秀次・麗澤大学教授だった。
八木氏は安倍晋三首相の政策ブレーンでもあり、2013年には安倍首相に対し、道徳教育の教科化を提言した「教育再生実行会議」のメンバーでもある。また極右的・歴史修正主義的な育鵬社教科書執筆陣にもつながる「日本教育再生機構」の理事長でもある。
さらに設立当初の住所は、「東京都渋谷区渋谷2丁目5番12号」となっていた。この住所は「日本教育再生機構」と同一住所であることが指摘されている。
そして2017年5月8日付で、「日本教科書」は「東京都千代田区神田神保町1丁目12番地」に移転したとされる。
この住所には出版社「晋遊舎」があり、「晋遊舎」と「日本教科書」は郵便受けを共有していることが指摘されている。また「日本教科書」の代表取締役は武田義輝氏に交代している。武田氏は「晋遊舎」の代表取締役でもある。(2018年時点)
「晋遊舎」はパソコンや家電・生活雑貨・パズルなどに関する書籍・雑誌を発行する一方で、桜井誠が著者となったものも含め、ヘイト本とされるような内容の出版物も広く手がけている。
これらのことが2018年2月頃に指摘されたことで、この時点では教科書検定の結果や詳細な内容は公表されていなかったとはいえども、周囲の状況から警戒されてきた。
2018年教科書検定の結果公表
2018年3月27日、2019年以降に使用する中学校道徳教科書の検定結果が公表された。「日本教科書」が教科書採択に進出したことがこの時点で明らかになり、しかも教科書の内容には問題があることが指摘され、採択を危惧する動きが生まれた。
生徒に数値評価させる
日本教科書を含めた数社の教科書で、生徒の到達度状況を生徒自身が数値で評価する欄が加えられていた。道徳を数値で評定すると、教科書制作者の意図にどれだけ沿ったかを測ることで問題になる、とりわけ3年は受験を意識しておかしなことになるのではないかと指摘された。
教材の内容の異常な偏り
教材の内容についても、日本教科書では特に異常な偏りが目立っていると指摘された。以下はその一例。
- 生徒に考えさせるような内容ではなく、少年法などを持ち出して責任や義務を一方的に強調して、まるで生徒を恫喝しているかのような威圧的な書き方をする。(2年教材)
- 長時間過密労働を肯定するような内容。(2年教材)
- 2018年時点で現役首相である安倍晋三首相のハワイ真珠湾を訪問した演説を掲載。現役政治家を登場させるのは異例。(2年教材)
- 東日本大震災を題材にした教材だが、すべて自己責任扱いで、災害の際の対応としての「自助・共助・公助」のバランスに配慮していない。(3年教材)
- 《体調を崩した祖母の病院への付き添いをめぐり、父親と母親がそれぞれ「大事な仕事があるから付き添えない」と主張、最終的には母親が「管理職昇進の打ち合わせ」をキャンセルして付き添うことになり、「母の役割」として受け入れている》というストーリーで、一方的なジェンダーロール、性別役割分担を押しつけ(3年教材)
- 日本の統治で台湾が発展した、日本人はマナーが良いなど、各教材にわたって過剰な日本賛美(各学年教材)
また道徳の学習内容については、学習指導要領では「A(主として自分自身に関すること)・B(主として人とのかかわりに関すること)・C(主として集団や社会とのかかわりに関すること)・D(主として生命や自然、崇高なものとのかかわりに関すること)」の4分野に分けて例示されている。他社では4項目の内容を適宜織り交ぜて年間の教材配置としているが、日本教科書ではそのままA・B・C・Dを順番に並べていて、例えば1学期はA項目だけを学習する形になり、教師が教えづらい・生徒が学習しづらい構成で、教材として扱いにくいという指摘もされた。
2018年教科書採択
2019年度から使用される中学校道徳教科書は、2018年7月から8月にかけて各地の教育委員会で採択された。
採択の際、問題が指摘された日本教科書をはじめ、教育出版や廣済堂あかつきも含めて、教科書採択の動向に注目が集まった。
最終的には公立では、日本教科書は全国で3地区での採択にとどまった。栃木県大田原市・石川県小松市・石川県加賀市の3採択地区となっている。
この3地区は、いずれも中学校社会科教科書では、育鵬社を採択している地域でもある。
石川県小松市での採択審議状況
石川県小松市では、教科書の内容を調査して答申をおこなう「採択委員会」では、光村図書が高評価だった。しかし教育委員会会議では、教育長を除く教育委員4人が日本教科書に投票したことで、日本教科書が採択された。
小松市教育委員会の議事録では、教育委員は日本教科書について「リスクがあるかもしれないがリターンも大きい。可能性を持った教科書」「石川県の題材が多く使われている」などとした。その一方で教育長は「日本教科書はいくつかの教材について、扱いが難しいと感じた」「個人的には光村図書がいいのではないかと思った」と言及したという。
教育再生首長会議との関連
安倍首相の「教育改革」に賛同する首長らは、「教育再生首長会議」をつくり、意見交換をおこなっている。
この教育再生首長会議は、歴史修正主義的な内容を記した育鵬社社会科歴史・公民教科書と密接な関係を持つ「日本教育再生機構」に事務局を委託していることが明らかになっている。
その際に多くの自治体で、会員の首長が教育再生首長会議に納める会費等の必要経費について、首長の私費ではなく自治体予算から支出し、実質的に委託費用が公費から支出されている形になっている問題が、2018年に指摘された。
この問題に関連して、教育再生首長会議が2018年1月に開いた会合で、日本教科書の中学校道徳教科書に関する宣伝資料が配付されていることが指摘された。