大阪市立桜宮高校「体罰」自殺事件

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大阪市立桜宮高校体育科2年でバスケットボール部のキャプテンだった男子生徒が、バスケットボール部顧問教諭からの「指導」と称した暴力行為・いわゆる 「体罰」を苦にするような文書を残して2012年12月に自殺した問題。事件を口実にした橋下徹大阪市長の意向で「同校体育科の2013年度入試中止」が打ち出されるなど新たな混乱も生んだ。

自殺事件

大阪市立桜宮高校バスケットボール部キャプテンの男子生徒は2012年12月23日、大阪府内の自宅で首吊り自殺しているところを発見された。生徒が残していたメモや周囲の証言から、バスケットボール部顧問の男性教諭(当時47歳)が「指導」と称して日常的に暴力を加え、生徒がそのことを苦にしていたことが明らかになった。

生徒はキャプテンに就任してから、顧問教諭から「試合でミスをした」などとして数十発平手打ちされるなど集中的に暴力を受けるようになり、またキャプテンを辞めるように迫られていたという。

生徒は暴力を苦にして家族にも相談し、キャプテンを降りることも検討していた。しかし教諭は「キャプテンを辞めるのならレギュラーからも降ろす。キャプテンを続けるのなら今まで通り殴られ続けろ」と迫った。生徒が自殺したのは教諭とのやり取りがあった翌日だった。

学校側はバスケットボール部員に対し「体罰」の調査をおこない、「自分も暴力を受けた」「自殺した生徒への暴力を見たことがある」などの証言が得られたという。また大阪市教委の聴取に対し、顧問教諭は生徒を殴ったことを認め、「強いチームにするためには『体罰』は必要」などと話した。

大阪市教委は年明けの2013年1月8日に事実関係を公表した。大阪市教委は2013年2月12日の教育委員会で、顧問教諭を懲戒免職にする方針を決めた。人事委員会での手続きを経て、翌2月13日付での懲戒免職処分が正式に決定した。「体罰」を直接の原因とした懲戒免職処分は、異例のものだという。

事件を利用した政治介入と入試中止へ

橋下徹大阪市長は事件を受け、部活指導での「体罰」は許されないなどと声高に主張した。しかしその一方で、橋下市長は、「子どもが走り回って授業 にならないのに、注意すれば保護者が怒鳴り込み、頭を小突くと体罰だと騒ぐ。こんなことでは先生が教育をできない」「言っても聞かない子には手が出ても仕方がない」(2008年10月),「先生にもうちょっと懲戒権を認めてあげられないのか」「僕はもみあげつまんで引き上げるくらいはいいと思う」(2012年10月)など、「体罰」を容認する発言を繰り返してきた。

2013年1月14日の大阪市内での成人式挨拶では、部活指導での「体罰」は許されないと発言したものの、その一方で「学校現場で(児童・生徒が)他人に迷惑をかけるとか、危害を加えるといったときには、もしかすると、先生が手をあげることも認めなければいけない場合があるかもしれない」とも発言し、「体罰」そのものについては事実上容認し続ける見解を示した。

また橋下市長は、生徒や教職員は全員「体罰」を黙認した共犯かのような一方的な発言を繰り返し、加害者も被害者も一緒にして学校関係者というだけで全員が加害者かのように攻撃し、本来は「体罰」推進にもかかわらず「体罰」反対を装って、事件を利用して学校や教育委員会に政治介入を図ろうと画策した。

橋下市長は2013年1月15日、事件の起きた桜宮高校について、体育系学科2学科(体育科・スポーツ健康科学科)の2013年度入試を中止して定員を普通科に振り替えることを検討するよう市教委に要請した。さらに橋下市長は、桜宮高校の教職員を2013年の人事異動で総入れ替えするよう求め、従わない場合は残った教諭の人件費など予算を付けないことをちらつかせた。

これらの措置については「加害行為に加担したわけではない生徒や受験生に筋違いの不利益を与えることになる」などと批判が殺到し、市立中学校長会・教職員組合・弁護士有志・保護者団体や大阪弁護士会などが入試を実施するよう求める要請書や声明を相次いで出した。

橋下市長は2013年1月21日午前に桜宮高校を訪問し、全校集会で入試中止の方針を話した。直後には大阪市役所に戻り、同日午前11時より開かれた大阪市会文教経済委員協議会に出席して答弁した。生徒からも市議会の公明・自民・民主系・共産の各会派議員からも入試中止反対の声があがったが、橋下市長は、「生徒の意見を全部聞くわけにはいかない。ダメなものを止めるのは大人の責任であり、教育行政の責任」などと突っぱねた。

同日夕方から臨時の教育委員会が開かれ、教育委員5人中4人の賛成により、桜宮高校体育系学科の2013年度入試を中止し、普通科に定員を振り替えることが決定した。体育系学科を置き換えて設置する普通科では、スポーツに特色をおいたカリキュラムにするという。

生徒・保護者からの異論

桜宮高校で部活動キャプテンを経験した3年の生徒8人は、2013年1月21日午後7時過ぎより大阪市役所内で記者会見し、「在校生や受験生のことを考えたら、もっと違う結果があったんじゃないかと思う」「大人たちから一方的に体育科を奪われた」「体育科などに魅力を感じて受験を希望していた人がほとんどだと思うので、普通科に変わるのは残念だ」「新しい先生に入れ替えては、亡くなった子の思いを帳消しにしてしまうように感じる」など、橋下市長や市教委の方針に異議を訴えた。

保護者や卒業生らの有志は入試中止に反対し、2013年1月27日に大阪市内で「桜宮応援団」(仮称)を結成した。会の名称は当日の会場では決まらなかったが、後日になって正式名称が「桜宮高校から体罰をなくし、改革をすすめる会」(すすめる会)と決定した。

同会は「体罰」・暴力は認めないという立場を鮮明にした上で、橋下市長が掲げた「入試中止・教職員総入れ替え」の方針では学校をつぶすだけで何の 解決にもならないとして、保護者や生徒が中心となって問題を考えながら、「体罰」をなくし学校の教育活動を改善して発展させていく必要があると訴えている。

中傷や風評被害

「学校関係者は全員加害者」かのように扱う橋下市長の言動の影響を受け、まるで「生徒も暴力を黙認した共犯」かのように学校や生徒を中傷する者も現れた。

生徒に対し、「『体罰』の責任を追及されるような罵声を浴びせられた」「桜宮高校の通学用ステッカーを貼った自転車を駐輪場に止めていたら、サドルが抜かれる、タイヤの空気が抜かれるなどのいたずらを受けたり、待ち伏せされて追い回されるなどした」「通学途中のバスで、乗り合わせた乗客から『降りろ』などと言われた」など、嫌がらせの被害にあった事例が報告された。

また都島区には大阪市立桜宮幼稚園・大阪市立桜宮小学校・大阪市立桜宮中学校があるが、それらの各学校園は無関係にもかかわらず、同じ「桜宮」の名称といって、学校に暴力糾弾の電話がかかってきたり、児童・生徒が通行人から因縁をつけられるなどの事例も報告されている。桜宮幼稚園の園児に石が投げられた事例や、桜宮中学校の生徒が部活動中に因縁をつけられたり、バス乗車中に乗客から暴言を受けるなどの事例が新聞報道された。

さらに、「入試中止に反対する者は『体罰』を容認し加害者を擁護している」かのような、短絡的な中傷もおこなわれた。入試中止を打ち出した橋下市長自身がそういう方向への世論誘導を図っていた。

また自殺した生徒本人に対しても、生徒がバスケットボール部主将としての責任に悩んでいたと報じられていたことから、「主将に不向きだったのに、 大学のスポーツ推薦入学目当てに立候補してつぶれた」などとする中傷が一部で流れた。しかし大阪市教委の委員自らが教育委員会会議で「自殺した彼は優秀な生徒だった」などと発言してこの中傷を全面否定している。

刑事裁判

大阪地検は2013年7月4日、元教諭を傷害と暴行の容疑で在宅起訴した、元教諭への第一回公判は2013年9月5日に大阪地裁で開かれ、元教諭は起訴事実を全面的に認めた。検察側は懲役1年を求刑し、弁護側は執行猶予を求め、また元教諭本人は「裁判所の判断に従う」などと述べて即日結審した。

自殺した生徒の保護者は、被害者参加制度を利用して裁判で被告人質問などをおこなった。保護者は閉廷後記者会見し、「(元教諭は)反省の色が足りないと感じた」などと話した。

大阪地裁は2013年9月26日、元教諭に懲役1年・執行猶予3年の有罪判決。元教諭の行為を理不尽な「体罰」と指摘する一方、懲戒免職で社会的制裁を受けた、被告は反省の意を示したなどとして執行猶予をつけた。

元教諭・検察側とも控訴せず、判決が確定した。

民事訴訟

生徒の遺族は2013年12月、大阪市を相手取り、東京地裁に民事提訴した。遺族は事件後に引っ越したために東京地裁での提訴となったということである。

大阪市は「体罰」と自殺との因果関係を認めず、争う方針を示した。

東京地裁は2016年2月24日、「体罰」と自殺との因果関係を認め、大阪市に対して約7500万円の損害賠償を命じる判決を出した。吉村洋文大阪市長は同日、「厳しい判決だが、『体罰』と男子生徒の自殺には因果関係があったと私自身、認識している。控訴はせず、同じ事件を起こさないということに力を割いていく」などと述べ、控訴しない意向を表明した。また賠償金の一部を元教諭に求償する意向もあわせて表明した。

教諭への求償

大阪市教育委員会は元教諭側に対し、求償に関する交渉を重ねた。しかし元教諭が支払う具体的な額については、元教諭側との交渉では折り合わず合意に至らなかった。

このため大阪市は元教諭に対して、「損害賠償金と遅延金の半分を支払わせる」ことを求める訴訟を起こす方針を決めた。吉村洋文大阪市長は2017年9月、元教諭への求償を提訴することに関する議案を大阪市会に提出した。

大阪市会での審議を経て議案が可決・承認されたことを受け、大阪市は2017年11月8日付で、延滞遅延金を含めて大阪市が支払った額の半額相当にあたる約4300万円を、元教諭が大阪市に支払うよう求める訴訟を提訴した。

元教諭側は訴訟に際して初弁論に出廷せず、また書面も提出しなかった。大阪地裁は2018年2月16日付で、元教諭は訴訟で事実関係を争わないものと見なして大阪市の請求を全面的に認める形で、元教諭に対し、大阪市へ約4300万円の求償金を支払うよう命じる判決を出した。

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