群馬県高崎市立長野小学校「体罰」事件

群馬県高崎市立長野小学校で1965年、教諭が児童を殴るなどし、被害児童が数日後に体調を崩した事件。民事訴訟となり、被害者側の訴えが一部認容された。

事件の経過

群馬県高崎市立長野小学校で4年生を担任していた教諭・O(35)は1965年9月15日、雨天のため体育の授業を教室でおこなうことにした。

その際にOは「座っている姿勢が悪い」として、直径2cm・長さ60cmの竹の棒で男子児童の頭部を殴った。

男子児童は直後は特に異常は見られなかった。しかし2日後の9月17日昼頃に体調不良を訴えて病院を受診し、その後約3ヶ月にわたって入院した。一時意識不明になり、くも膜下出血と診断された。

加害教師は事件に責任を感じたとして、事件から約5ヶ月後の1966年2月26日に自殺した。

被害児童は退院後症状は一時治まっていたが、2年後の1967年8月6日に再び脳内出血を起こして入院した。児童には外斜視などの後遺症が残ったという。

民事訴訟

被害児童側は事故から3年目にあたる1968年9月15日、高崎市を相手取って約525万円の損害賠償を求め、前橋地裁高崎支部に提訴した。

高崎市は「児童の症状は先天性の脳静脈瘤が原因」として争った。

前橋地裁高崎支部は1972年9月7日、被害者側の主張を一部認容し、慰謝料100万円と治療費など約8万4000円、計約108万4000円の賠償を命じる判決を下した。

判決では教諭の行為は違法な「体罰」とし、1回目の出血については教師の暴行により引き起こされたとして因果関係を認めた。一方で2回目の出血については、暴行との因果関係は認められないとした。