大阪市立大桐中学校いじめ傷害致死事件

大阪市東淀川区の大阪市立大桐中学校3年の男子生徒が1993年4月、同級生2人からいじめ・集団暴行を受けて死亡した事件。

事件の経過

大阪市立大桐中学校3年だった男子生徒は1993年4月17日の放課後、同学年の男子生徒の家に呼び出され、男子生徒2人からプロレス技や柔道技をかけられる・電話帳で頭を殴られるなどの暴行を受けた。生徒は意識不明になり、翌日4月18日朝に脳挫傷で死亡した。

学校側は当初、「死亡した生徒と加害生徒は仲が良かった。プロレス技ごっこで遊んでいた際の事故ではないか」とする見解を示していた。

しかし父親が「息子はいじめられていた」と訴えた。事件半年ほど前から体にあざを作っていたことや、生徒手帳に「お金を取られた」「殴られた」などとメモが記されていたことを指摘した。

その後の調査で、加害生徒2人を中心としたグループが、被害生徒や他の生徒に対して暴力や恐喝などのいじめを常習的に繰り返していたことが明らかになった。

加害生徒Aは生徒会役員などを務め、リーダーシップがあるとみられていた。もう一人の加害生徒Bは、3年進級時にこの学校に転入してきた。Bは「転校前の学校ではいじめを受けていたから、転校後はいじめる側に回る」としていじめグループに加わった。

当日はAとBが別の生徒に暴行・恐喝を加えたが、その生徒が早退したとして、死亡した生徒に標的を変え、休み時間に便所に呼び出して殴る蹴るなどした。そのときは同級生に止められたという。「殴り足りない」と感じた加害生徒らは放課後にこの生徒を呼び出し、加害者の自宅に連れ込んで暴行を加えた。加害者宅では、両親は当時留守だったという。

大阪府警少年課と東淀川署は1993年4月30日、AとBを傷害容疑で逮捕した。大阪家裁は1993年5月24日付で、2人に少年院送致の決定を下した。