新潟県上越市立春日中学校いじめ自殺事件

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新潟県上越市立春日中学校1年の男子生徒が1995年、いじめを苦にして自殺した事件。

事件の経過

新潟県上越市立春日中学校1年だった男子生徒は1995年11月27日未明、自宅庭に設置されたバスケットボールのゴールで首つり自殺した。

生徒は、いじめを受けたと訴える内容の遺書を残していた。加害者5人の名前を挙げ、「トイレで服を脱がされたり水をかけられたりした」「あいつらは僕の人生そのものをうばっていきました」などと記されていた。また「学校に持っていったお金がなくなった」という訴えや、自分の他にも同級生3人もこのいじめグループからいじめを受けているという告発もあった。

加害者として名指しされた5人に事情を聴いたところ、この生徒を無視したり嫌がらせをしたことなど、いじめの事実関係を認めた。自殺した生徒も加害者5人も全員が同じバスケットボール部に所属していたが、約1ヶ月前の1995年10月、同級生らが生徒の自宅に遊びに来た際に「この生徒の妹を泣かせた」として父親が同級生を注意したことがきっかけで、生徒へのいじめが始まったという。

また生徒は、学校側に日常生活の様子を提出する「連絡ノート」に、「自殺しようと考えた」「(数日前に誕生日プレゼントで買ってもらった)新しい自転車ともおさらばして死ぬ」などと記していた。連絡ノートが最後に学校に提出されたのは1995年11月21日で、自殺をほのめかす書き込みはノートが生徒の元に返却されてからの11月22日以降の日付で記され、学校側は書き込みについて「読んでいない」と話したとしている。

新潟県警は1996年1月29日、同級生5人に対して、注意や補導をおこなった。遺書に名指しされた5人のうち4人と、遺書では名指しされなかったもののいじめに関与したと判断された別の1人が対象になった。

新潟地方法務局は1996年8月21日、いじめ防止のための改善勧告を、同校の校長宛におこなった。法務局が勧告措置をとったのは異例だという。

民事訴訟

遺族側と上越市は、いじめ事件に対する見舞金支払いなどの交渉を重ねていた。しかし協議はまとまらずに決裂した。

遺族は1998年11月26日、「学校側が注意義務を怠った」などとして、上越市に対して約6500万円の損害賠償を求め、新潟地裁高田支部に民事提訴した。

一方で加害者とされた生徒6人とその保護者については、市への提訴時点では、加害者側が見舞金を支払うなどの内容で4人と和解が成立し、残る2人とも和解の方向が固まっていた。のちに加害者側全員との和解が成立し、そのことを理由に、市への訴訟では、原告側からの賠償請求額を約6100万円に減額した。

新潟地裁高田支部は2002年3月29日、原告側の請求を棄却した。いじめの事実は認めたものの、「悪ふざけだった」「事件は1ヶ月と期間が短く、本人からの訴えがなかった。認知不可能だった」とした。一方で自殺の原因はいじめだと認定し、「家庭内の問題の影響だ」とした市の主張を否定した。

遺族側は2002年4月10日付で東京高裁に提訴した。東京高裁では和解案が提示された。

2003年6月までに、「上越市は、いじめによって生徒が自殺したことを認め、遺憾の意を示す」「市は、いじめの早期発見に向けた教育的配慮が不十分だったことを反省する」「遺族側は市への請求を放棄する」などの内容で、和解案がまとまった。2003年6月17日の上越市議会で承認されたのち、同年6月23日付で和解が成立した。

事件のその後

事件後、春日中学校と、同中学校校区内の2小学校の3校は合同で、生徒が自殺した時期に合わせて、例年11月下旬の時期に、いじめを考える集会「いじめ見逃しゼロスクール集会」を開催し、取り組みの内容を交流しいじめを考える場を設けている。

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