大阪市立橘小学校いじめ自殺事件

大阪市西成区の大阪市立橘小学校6年だった男子児童が1986年、「もうげんかい」などとした遺書を残して自殺した事件。この児童へのいじめが指摘された。

事件の経過

大阪市立橘小学校6年の男子児童は1986年2月22日朝、自宅を出たまま登校せず、大阪市西成区内の8階建てマンションの給水塔から飛び降り自殺した。

生徒が持っていたカバンからは「毎日いやなことばかり。このしゅだんしかなかった。これがげんかい」などと書かれたノートが見つかった。

学校側は当初「児童の自殺原因に心当たりがない」などとした。

しかしこの児童は、同級生4人グループからいじめられていたことが明らかになった。リーダー格の男子児童が主導し、他の3人も従う形で、自殺した男子児童に対してプロレス技をかけるなどの暴力行為を日常的に加えていた。

担任教諭とクラスの児童が交換していた交換日記では、他の同級生が加害児童の名前を名指ししたうえで「自殺した児童がいじめに遭っている」と訴える内容を記し、提出していたことが明らかになった。交換日記では、「○○君(自殺した児童)が(加害児童)からひどくやられていた」「工作の時間に金槌の柄で頭を小突かれていた」などと訴える内容が記されていた。

遺族は「調停を申し立てたが、加害者側はいじめの事実すら認めない態度に終始した」として、1989年3月27日、リーダー格の加害児童とその保護者を相手取り、1100万円の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴した。

しかし大阪地裁は1990年8月29日、原告側の訴えを棄却した。