長野県岡谷工業高校バレーボール部不適切指導事件

長野県岡谷市の長野県岡谷工業高校のバレーボール部で2004年、監督だった教諭が、体調不良の部員に対して練習参加を強要するなどした末に、一時心肺停止状態に陥らせるなどした事件。

事件の経過

長野県岡谷工業高校のバレーボール部監督・M(当時48歳)は2004年3月、高熱を出して入院加療が必要と診断された男子部員の入院を拒否し、当該部員を練習や遠征に参加させるなどした。

当該部員は2004年3月20日の全国高校選抜大会(春の高校バレー)の開会式で容態が悪化して倒れ、そのまま東京都内の病院に入院した。肺炎から敗血症を発症し、一時心肺停止状態になった。

事件の背景

Mは1981年に同校に保健体育科教諭として着任し、バレーボール部監督に就任した。Mの着任後同校のバレーボール部は複数回の全国優勝など全国区の成績を残すようになり、他県からの越境入学者をMの自宅兼部員寮に住まわせるなどしていた。

体調を崩した当該部員は主力選手で、他県から同校に入学し、部員寮に住んでいた。

同校のバレーボール部はこの年、春の高校バレーで全国優勝した。

長野県教委の処分

長野県教育委員会はMの不適切行為を把握し、また練習中に部員を平手打ちするなどの「体罰」も常習的におこなっていたことを確認した。

長野県教育委員会は2004年6月7日、Mを長野県教委付に異動させた。

さらに2004年6月11日付で、部員の健康管理を軽視したことと「体罰」を理由に、Mを停職6ヶ月の懲戒処分にした。また同日付で、校長(58)とコーチだった実習助手(27)についても停職1ヶ月の懲戒処分にした。

同窓会が復帰求める署名

岡谷工業高校の同窓会は2004年6月、Mの早期復帰を求める署名に取り組む方針を明らかにした。Mが全国大会常連の強豪校に育て上げた功績を強調し、「バレーボールのまち」を掲げてきた岡谷市の市政にも影響が及ぶとして、停職期間が切れた2004年12月以降速やかにMを同校で復帰させることを求めた。

被害者側への補償

長野県教育委員会は2006年3月、県教委が損害賠償金約3760万円を支払う内容で、被害者側と示談が成立したと発表した。被害部員は約4ヶ月の入院加療後に自宅で療養したのち、高校卒業後は大学に進学したが、示談の時点では食事がうまく飲み込めないなどの後遺症が残っていたという。

教諭のその後

教諭・Mは停職期間中の2004年11月までに依願退職した。

2004年11月、私立塚原青雲高校(長野県松本市)が2005年度から「創造学園大学附属高等学校(2011年創造学園高校に改称)」へ改編して再出発するという方針を発表した。その際にスポーツに力を入れる学校として再生するとして、その一環として、Mを監督に招聘した上でバレーボール部を新設する方針を明らかにした。

Mは当時、「複数校からオファーがあったが、学校関係者の熱意を感じ、ここに決めた」などとした。

Mは2005年度以降同校でバレーボール部の指導に携わり、同校バレーボール部を全国大会常連校へと育てた。その間の一時期、校長も兼任していた。校長退任後の2018年以降は「名誉校長」の肩書きで、引き続きバレーボール部監督として指導にあたっていた。

しかし松本国際高校(2018年創造学園高校から改称)は2018年10月、Mが「不適切な指導」を繰り返していたとして、監督と同校職員を辞職したことを明らかにした。

「不適切な指導」の詳細については「部員のプライバシーに配慮する」として明らかにされていないが、「体罰」・暴力行為だとされている。