神戸市立東須磨小学校(神戸市須磨区)の教諭4人が遅くとも2017年頃から(さらにそれ以前からという指摘もある)2019年までの数年間にわたり、同僚の若手教員4人に対して集団いじめ・暴力行為・パワハラ・セクハラ行為を繰り返し、うち1人を2019年に休職に追い込んだ事件。
概略
神戸市教育委員会の調査や第三者委員会の認定では、ハラスメント行為をおこなった教員は男性教員A(34歳、以下「A教員」と表記)、男性教員B(34歳、以下「B教員」と表記)、男性教員C(37歳、以下「C教員」と表記)、女性教員D(45歳、以下「D教員」と表記)の4教諭と、S・2016~17年度教頭・2018年度校長(55歳、以下「S」と表記)とされた。
被害に遭った若手教員は、いずれも20代の男女教員4人とされた。ここではX1教員(男性)・X2教員(男性)・X3教員(女性)・X4教員(女性)と表記する。神戸市教委や第三者調査委員会での認定には至らなかったものの、ほかにも、音楽専科教員や図工専科教員など複数の教員が被害を訴えた。
ほかにも別の女性教員(40歳、以下「E教員」と表記)も、パワハラとは認定されなかったものの、加害者の一部と近いとみられていたことを背景に、被害者の一部や被害者とは認定されなかった別の教員に対して、パワハラと受け取れるような不適切な行為をおこなったと指摘された。
(いずれも、年齢は2020年2月28日時点)
加害者教員4人が被害者教員4人に対し、以下のような悪質な行為をおこなったことが指摘された。
- ロール紙の芯で尻をたたく。
- 激辛カレーや激辛ラーメンを無理やり食べさせる。
- 車での送迎を強要した上、被害者の車の上に乗って跳びはねる、車内にわざと飲み物をこぼす、車のエアコンにゴミを詰めるなどする。
- アホ・バカなどと暴言を吐く。不快なあだ名で呼ぶ。
- 平手打ちや拳で殴るなどの暴力行為。児童の前でもおこなわれたことがあった。
- 被害者教員の携帯電話を勝手にいじり、別の教員に性的な内容のメッセージを送る。
- 家族や友人関係などプライベートを中傷する発言。
- 女性教員へのセクハラ発言。
- 性的な行為を強要。
- 児童に対して、被害教員を名指しして「あの教員の言うことは聞かなくていい」などとけしかける。
2016年の時点で、当時同校に在籍していた加害教員の一部による暴言や、女性教員へのセクハラ行為があったことが指摘された。
2017年に新採用で着任したX1教員は着任直後から嫌がらせを受け、2019年9月には体調を崩して倒れ出勤できない状況になった。教諭の関係者が神戸市に被害を訴えて発覚し、2019年10月に新聞報道された。
2020年2月21日に第三者委員会の調査報告書が発表され、4教員とS前校長によるX1教員らへの加害行為計125件が認定された。
首謀者格がいて集団で組織的に加害行為をおこなったということではなく、それぞれの加害者が、被害者とのそれぞれの関係性のもとで個別に加害行為をおこなったと指摘された。一部報道では、最年長の女性教諭D教員がほかの3人をけしかけたという見方がされたが、第三者委員会の調査報告書ではこの見方を否定した。
事件の経過
2015・16年度
2015年、A教員とB教員が同校に転任した。
東須磨小学校は2017年度に人権教育推進の研究指定校となり、数年前から準備が進んでいた。人権教育の研究発表・実践体制を準備し強化することを構想した当時のF校長(以下「F」と表記)からの要請・要望があり、神戸市の小学校教員で作る「人権教育部会」セミナーに積極的に参加していたA教員に白羽の矢が立ち、A教員の東須磨小学校への赴任が決まったと指摘された。また同校では女性教員の比率が高く、F校長が「若手の男性教員」を希望していたという背景も指摘された。
人事異動の際に校長が希望の教員を指名できる「神戸方式」が事件の背景にある、校長に近いことで発言力を持って暴走したという見方もされていたが、第三者委員会では「直接の因果関係はない」とした。
2016年度にSが教頭として同校に着任した。
同校では、それまで長年同校に勤務していたベテラン教員が大量に他校に異動した、新採用などの若手教員が増えたなどを背景に、教職員の年齢・性別構成のいびつさが生じていた。そのことから、自身も比較的若手にもかかわらず「力量のある教員が充てられる」とされる6年担任を長く務めた・注意するベテラン教員もほとんどいない状態になったことなどからA教員が力を持つようになり、「自分よりも若い教員をいじってもいい」という異常な雰囲気が生まれていた。
またF校長は職員室をS教頭任せにして教職員間の人間関係を十分に把握していなかったこと、S教頭自身が教職員に対して威圧的な態度を繰り返していたことも、S教頭に近いA教員ら一部教員が横暴な態度をとるような異常な雰囲気醸成の一因になったと指摘された。なお、S教頭とA教員、また直接の加害者とは認定されなかったものの不適切行為が指摘されたE教員の3人は、前任校でも同じ小学校に勤務していた経歴がある。
2017年度
2017年度に加害者D教員と被害者X1教員が着任した。D教員とX1教員は2017年度に同じ学年を担当した。D教員については「神戸方式」は特に関係なく、2017年度当時のF校長は「この教員のことは転任してくるまで知らなかった」としている。
被害者X1教員へのいじめ・ハラスメントはこの年に始まったとされる。着任直後の自己紹介で、X1教員が「関西の有名私立大学卒業」と知ったA教員は、「大学には裏口で入ったんか」などと暴言を吐いたと指摘されている。またこの年、勉強のために授業を見学させてくださいとX1教員から申し出を受けたAは「来るな。教室が汚れる」と暴言を吐いたと指摘された。
第三者委員会の認定では、2017年の夏休み中、A教員がX1教員を養生テープで縛り上げ、教室に放置したと指摘された。
2018年度
2018年度にはS教頭が同校校長に昇任し、後任の教頭としてN教頭(以下「N」と表記)が他校から着任した。
2018年度に加害者C教員が着任した。C教員は当初は中立的な立場だったが、学校の雰囲気に流されるような形でいつしか教職員いじめに加勢していたとされる。
加害者教員らの行為はエスカレートした。X1教員やX2教員・X3教員・X4教員らに対して、車での送迎を強要する、被害者所有の車の上で跳びはねたり車の中にわざと飲み物などをこぼす、指導案に落書きする、不快なあだ名で呼ぶ、激辛カレーや激辛ラーメンを無理やり食べさせる、被害者の携帯電話を勝手にいじり別の教員に性的な内容のメッセージを送る、児童の前でも殴る蹴るなどするといった行為が繰り返された。
「激辛カレー」事件は2018年9月に2回にわたって起きた。1回目はA教員・B教員がX1教員の顔に激辛カレーを塗りつけるなどし、2回目はD教員も加勢し、A教員がX1教員を羽交い締めにしてD教員がスプーンを近づけるなどした。その際に別の被害者教員にもその様子を動画撮影させたり、別の被害者教員にも激辛カレーを食べさせるなどした。
A教員はX1教員に車での送迎を強要し、X1教員所有の車にわざと飲み物をこぼす、エアコンにゴミを詰める、車の上に乗って跳びはねるなどしたとも指摘された。A教員の自宅前で、A教員がX1教員の車の上に乗って飛び跳ねるなどした様子は、A教員の妻が写真撮影したとも指摘された。
N教頭は「一部の教員が横暴な態度をとる」など職員室の雰囲気が良くないことに気づいていたものの、校長との関係悪化などを恐れてS校長への進言ができず、十分な対応を取れなかった。
2019年度
2019年度にはSが高津橋小学校校長として転任し、後任校長にはN教頭が昇任した。
ハラスメント行為は激化し、2019年6月にはX1教員が「A教員からロール紙の芯で尻を殴られてミミズ腫れができた」とN校長に訴えた。また前後して、ほかの教員からも「A・B・C・D教員による、若手教員への暴力行為がある」という訴えがN校長のもとに寄せられた。
N校長は加害教員らを指導したものの、指導の際の対応が不十分で、加害教員らによる被害教員らの報復的言動を呼び込む形になった。
事件が報じられる
X1教員はハラスメントが原因で、2019年春頃から体調を崩していた。加害者からの報復的言動によってさらに体調が悪化し、2019年9月に倒れ、そのまま出勤できなくなった。
2019年9月1日、X1教員が実家に遺書のようなメモを残しているのを家族が発見した。直後にX1教員の友人から家族に「X1教員が意識朦朧としている」と連絡があり、家族が迎えに行って病院を受診させた。病院では「過呼吸状態になっている。自殺を図ったわけではないが、希死念慮願望がある」としてしばらく入院治療させることにした。
X1教員の関係者は2019年9月2日に神戸市役所を訪問し、一連の暴力・ハラスメント行為の被害を訴えた。神戸市教育委員会は調査をおこない、加害者教員の暴力行為があったことを確認した。
被害者側の代理人弁護士は加害者側に警告書を出そうとしたが、学校側は被害者側弁護士に加害者の自宅住所情報などを一切教えなかった。やむなく学校宛に警告書を郵送して「手渡してほしい」と校長に依頼した。
学校側は2019年10月1日付で加害者4人を学校現場から外した。「二度と当該校の子どもに接触させない」としている。
事件は2019年10月4日にマスコミ報道された。神戸市教育委員会は同日に記者会見を開き、事件の概要を公表した。加害者教員による暴力行為やハラスメント行為があったことを認定した。
神戸市教育委員会とN校長は2019年10月9日に記者会見を開き、事件の経過を改めて公表した。校長は「事件は引き続き調査中」としながら、この時点で把握している内容を説明した。校長は「被害教員が2018年時点で、当時の校長にパワハラ被害を訴えていたことは知らなかった。校長交代の際の引き継ぎなどはなかった」などと話した。
調査委員会の設置
事件を受けて神戸市教育委員会は第三者調査委員会を設置した。
当初は2019年12月末にも調査報告をまとめることにしていたものの、2019年12月14日になり、市教委事務局が持っていた資料の一部が調査委員会側に渡っていなかったことが判明した。資料を再精査する必要があるとして、調査報告は遅れることになった。
2020年2月21日に調査委員会の調査報告が公表された。加害者4人が被害者4人に対して計123項目の暴力行為・暴言やセクハラ行為などのハラスメント行為をおこなったと認定した。うちX1教員への行為は、加害者4人あわせて103件を認定している。
X1教員に78件・X2教員に8件・X3教員に6件・X4教員に1件、複数の教員に対して同時におこなったと認定された重複分4件を差し引いた合計89件と、もっとも多くの行為をおこなったと指摘されたA教員は、被害者教員への行為について「いじめではなく悪ふざけだ」と主張し続けたという。しかし第三者委員会では、「いじめの構図そのもの」と判断した。
B教員はA教員とかねてからプライベートでも親しく、A教員に引っぱられるような形になっていたと指摘された。B教員は自身の行為について「悪ふざけだった」「A教員の行為について、一部のやりすぎと思われるような行為には同調しなかった」と主張した。
C教員はA教員・B教員よりやや年長で、赴任時期も比較的新しかったものの、学校の雰囲気に適応し「若い教員はいじってもいい」とばかりの対応になったと判断された。当初は中立的な立場だったが、いじめ・暴力行為に加勢するようになっていた。C教員はA教員とは通っていた高校が同じで、前任校でも一緒の学校に勤務していたことがあると指摘されたが、第三者委員会での認定によるとA教員らとはプライベートでのつながりは特になかったとされた。
D教員については、▼2017年度に当時新採用だったX1教員と同学年を担当し、先輩教員として相談役となるような形で業務上のやりとりがあった。その一方で被害教員のプライベートに踏み込み被害者の家族や友人関係をあげつらうなど「不適切な距離感」で接していた。▼2018年度にはA教員と同学年を担当してA教員との関係が近くなり、A教員の被害者いじめに加勢したような形になったが、「A教員らの行為は若手教員同士の悪ふざけで、被害者からは慕われていると認識していた」と、男性教諭3人とは異なる関係性を指摘された。
また前校長・S校長が被害者X1教員に対して、2件のパワハラ行為をおこなったこともあわせて認定した。
管理職の対応については、S前校長・前々教頭のハラスメント言動が、教職員が相談できないような雰囲気を作り、また加害者グループやその他の教員によるハラスメント行為を助長させたとも指摘された。またN現校長についても、▼2018年の教頭時代に職員室のおかしな雰囲気に気づきながら、加害者グループを含む一部の横暴な対応をとる教員がS校長に近い教員だったことから、校長との人間関係の破壊を恐れて校長に進言できなかったこと、▼校長着任後の対応も不十分で、加害者教員からの報復的言動を呼び込んだこと、などが指摘された。F前々校長については、職員室の状況をきちんと把握していなかった責任があるとした。
さらに、加害者と認定された4教員とは別の40代女性教員・E教員が、音楽専科教員(2017年度担当者、2018年度担当者の2名)や、2018年当時同じ学年を受け持っていたX2教員への言動についても、調査報告書で触れられた。同僚教員からは「E教員の行為は、加害者らとの行為と密接な関係がある」という見方が出されたものの、調査委員会では音楽専科教員への行為については「双方の言い分に食い違いがあり認定できない」、X2教員への行為については「被害者が被害感情を持っていない」として、いずれも明確な加害行為としては認定せず、職員室の雰囲気が悪くなっていた背景事情の一つとしての指摘にとどめた。
認定不十分として再調査要望が出る
一方で、調査報告書では被害者教員と認定された教員とは別の、2017年度に音楽専科教員を務めていた元教諭(50代女性)が「調査が不十分。当時のF校長、S教頭、A教員、E教員などからパワハラを受けたが、認定が十分ではない」と訴え、2020年2月27日付で神戸市に対して、市長部局による再調査と、事件に関与した教員からの謝罪、金銭的な補償、自身の教員としての身分回復などを求めた。
元音楽専科教員は2017年度に同校に着任した。しかしE教員から「授業の評判が悪い。児童や保護者から授業への苦情が出ている」などといわれ、音楽の授業を毎回見学されるなどし、管理職に相談しても改められなかったという。また音楽専科教員が中心となっておこなう音楽会の指導なども、自身が大学で音楽学科出身でもあるE教員が音楽専科教員を無視して勝手に児童に指導するなどのこともあった。当時のF校長やS教頭、A教員などから暴言を吐かれるなどもした。被害を訴えても対応されず、音楽専科教員は体調を崩して適応障害と診断され、年度末の2018年3月に退職を余儀なくされたと訴えている。2020年時点では別の自治体で臨時教員として勤務しているという。
E教員が音楽専科教員に対しておこなったことを「学年担当と専科との対立」などとした調査委員会での認定について、不十分な認定だと訴えた。
教員らへの処分
神戸市教育委員会は2020年2月28日、関係職員計13人(当該校関連教職員8人、神戸市教委事務局6人)への処分を決定した。
加害者については、A教員およびB教員の2人を懲戒免職、D教員を停職3ヶ月、C教員を減給10分の1(3ヶ月)とした。D教員については、児童への不適切指導があったことが指摘された。またC・D教員については、処分後も当面の間は学校以外に配置転換することにしている。
管理職の責任については、S前校長を自らもパワハラをおこなったなどとして停職3ヶ月の処分とした。適切に対応できなかったとしてN現校長を減給10分の1(3ヶ月)、職員室の状況を把握していなかったとして、F前々校長を戒告処分とした。
また第三者委員会報告書で「パワハラと評価しうる」行為があったと指摘されたE教員を文書訓戒とした。
当該事案に関して、調査委員会への提供資料に漏れがあって調査報告を遅らせたことや、根拠法令を誤った分限処分発令をおこなったとして、市教委事務局担当者への処分がおこなわれた。教職員課担当課長を戒告、同担当係長を文書訓戒、同担当事務職員を口頭訓戒の処分とした。また同案件での管理責任として、教育次長2人を口頭訓戒、総務部長を文書訓戒とした。
被害届を提出
被害者X1教諭の代理人弁護士は2019年10月11日、加害教諭らの行為は強要や暴行・器物損壊にあたるとして、警察に被害届を出した。「激辛カレーを無理やり食べさせられたこと」「殴る蹴るなどされたこと」「送迎を強要されたこと」「車を傷つけられたこと」「カバンに水を入れられたこと」など、約50件の行為を対象にしているという。
兵庫県警は2019年11月までに、加害者教員への任意での事情聴取を始めた。
兵庫県警は2020年3月11日、A・B・C教員を強要と暴行の容疑で、D教員を強要容疑で書類送検した。▼2018年9月4日午後3時15分頃、AとBが共謀して被害者教員の顔に激辛カレーを塗りつけた、1度目の「激辛カレー事件」。▼2018年9月10日午後4時35分頃、A・B・Dが共謀し、Aが被害者を羽交い締めにしてDがスプーンを近づけた、2度目の「激辛カレー」事件。▼2019年2月15日午後6~8時頃、4人が共謀して、家庭科室で激辛ラーメンと唐辛子を無理やり食べさせた事件。▼2019年6月7日午後8時頃、AとCが被害者に暴行を加えた事件。――の4件が立件対象となっているとされる。
神戸地検は2020年3月27日、4人とも起訴猶予処分とした。