大阪市立中学校・2015年育鵬社教科書採択問題

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大阪市の2015年度中学校教科書採択で育鵬社教科書が採択されたことに関連して、「教科書アンケート」の不適切集計など、不正・不適切行為があったと指摘された問題。

育鵬社教科書とは

育鵬社やそれにつながる教科書では、歴史や政治の内容について「自虐史観」などと中傷し、学問での標準的な理解とはかけ離れた一方的な内容の、いわゆる極右的なイデオロギーを一方的に押しつけようと策動している。

2015年教科書採択につながる前史として、それ以前の動きの詳細については、別項で。

社会科教科書問題
教科書問題に関連する資料を、社会科(特に歴史・公民)を中心に取り上げる。 社会科教科書については、歴史や政治などの一方的な認識を押しつけようとする勢力からしばしば標的にされ、教科書の記述がやり玉に挙げられたり、一方的な歴史認識を示す教科書が...

大阪市に関連する内容では、大阪維新の会が育鵬社などの教科書を念頭に置き、「適切な教科書」が採択されるよう求める要望を、2011年に大阪市教育委員会宛におこなっている。

また大阪市では2013年、従来の市内8採択地区制度から全市1区採択地区への変更が実施された。小学校では2014年採択から、中学校では2015年採択から適用することとした。これは、育鵬社教科書などを採択させやすくするための策動ではないかとも危惧された。

2015年教科書採択

小中学校の教科書採択は、原則として4年に1度実施される(学習指導要領改訂をまたぐ場合は変則的になる例もあり)。前年度夏に採択がおこなわれ、翌年度より4年間同じ教科書が使用されることになる。

2015年は、2016年度~19年度の4年間使用する中学校教科書の採択年にあたっていた。

大阪市ではそれまでの動きから、「育鵬社教科書が採択される危険性が高い自治体の一つ」とみられ、市民や教職員らが警戒の目を向けていた。

当時の大阪市教育委員・高尾元久氏は、育鵬社のグループ会社にもあたる産経新聞グループの幹部を歴任した経歴がある。また同氏は、育鵬社教科書の母体となる「日本教育再生機構」が発行する機関誌のインタビューに応じ、育鵬社教科書を肯定的に扱うような内容が掲載された。この教育委員は教科書の利害関係者と疑われるとして、特定教科書の利害関係者が教科書採択に関与するのは問題があるのではないかとする疑念が指摘された。

2015年8月5日、大阪市での中学校教科書採択が実施された。大阪市立中央図書館(大阪市西区)の会議室で採択のための教育委員会会議をおこなった。

しかし傍聴希望者は直接傍聴できず、中央図書館から西へ約3km離れた大阪市教育センター(大阪市港区)のホールで動画中継を見る方式とされた。この傍聴方法にも疑問が出された。

この日の教育委員会会議では、中学校社会科歴史的分野・公民的分野について、育鵬社教科書の採択を決めた。

この際に大森不二雄教育委員長が「公民教科書の比較資料を作成した」として他社教科書を名指しで激しく批判するなどした。大森教育委員長と高尾教育委員が議論をリードする形になった。

またその一方で、当時の大阪市長・橋下徹の了承を得た上で、市教委として「歴史・公民ともに、2番目に評価が高かった教科書を市費で購入し、補助教材として併用する」という異例の附帯決議も同時に出された。

教科書アンケート

大阪市教育委員会事務局は、教科書採択に先立ち、2015年6月の一般市民対象の「教科書展示会」会場で実施された教科書アンケートの集計結果を、資料として教育委員会会議に提出した。社会科教科書について触れたもののうち約7割が育鵬社教科書に肯定的な意見だったとされた。そのアンケート結果も踏まえて、育鵬社が採択された。

しかしその一方で、他地域の教科書展示会でのアンケート状況を分析すると、社会科に触れた意見のうち、いずれの地域でも、育鵬社教科書に肯定的なのは1割以下、中には皆無の地域もあった。大阪市での「育鵬社支持が異常に突出する」集計状況は不審に思われていた。

教科書採択の当日や直後には、この不審な状況の理由は不明だった。しかしこの不審なことがなぜ起きたかという理由が、後日になって出てくることになる。

フジ住宅「ヘイトハラスメント」訴訟との関連

2015年8月31日、住宅販売会社・フジ住宅(大阪府岸和田市)の従業員が、「職場で、業務とは無関係な民族差別的なヘイト文書を繰り返し読まされるなどして、苦痛を受けた」として、「ヘイトハラスメント」訴訟を提訴した。

この問題は、直接的には職場での労働問題である。一方で、大阪市の育鵬社教科書採択問題と「ヘイトハラスメント」は密接に関連していたことが指摘された。

「ヘイトハラスメント」の一環として、フジ住宅が会社として、従業員を勤務時間内に教科書展示会会場に動員し、アンケートに育鵬社教科書を支持する内容の回答を記入するように求めていた。さらに回答用紙を一旦会社に大量に持ち帰り、ほぼ同一の内容の回答を記述した上で、後日再び教科書展示会場に行かせて投函する指示も出していた。回答記入例は、会社側で用意していたとされる。持ち帰って記入した用紙は、約1200枚にのぼるとも指摘された。

「ヘイトハラスメント」訴訟の中で、フジ住宅の会長が育鵬社教科書を支持する「日本教育再生機構」の関係者でもあることが指摘された。また、育鵬社の関係者がフジ住宅の関係者に対して、「アンケートで育鵬社支持が多いほど採択されやすくなる」とする情報を提供し、それを社内報で従業員に知らせていたことも明らかになった。

教科書アンケート回答用紙の原本コピーを市民団体が情報公開請求したところ、育鵬社教科書採択を支持する内容で、酷似した筆跡で内容もほぼ同じという回答が20枚以上出てきたとされる。育鵬社を支持する内容の大半が、フジ住宅関係者によるものではないかと疑われた。

「ヘイトハラスメント訴訟」は2020年7月2日、大阪地裁堺支部で、フジ住宅と同社会長が連帯して110万円の損害賠償を支払うよう命じる判決。職場での民族差別的な文書配布や、会社が従業員を教科書展示会に動員して育鵬社に好意的な回答を書くよう強要したことなどを不法行為と認定。被告側は即日控訴。

大阪市会でも疑念が示される

大阪市教育委員会事務局は教科書アンケート集計の際、集計担当者が「酷似した内容の回答が多数ある」という不審点に気づき、集計チームの責任者に相談した。しかし責任者はそのまま集計するよう指示し、「7割以上が育鵬社教科書支持」という集計結果になったアンケートの内容を、教育委員会会議の資料として提出した。

このことは不正ではないかと疑われ、大阪市会でも教育こども委員会で、育鵬社教科書採択問題の追及がおこなわれた。

公明党や共産党の議員が問題視して追及し、また自民党も「教科書の中身の是非には立ち入らない」と前置きしながらも「採択手続きに不正があってはいけない」として追及する姿勢を示した。

市教委側は、「アンケート内容が採択に直結することはない」「外部団体の行為についてはあずかり知らない」などと答弁した。

一方で大阪維新の会は、教科書採択不正疑惑について一言も発言することはなく、真相究明を求める市会への陳情などには反対した。

大森不二雄教育委員長は2016年3月、「新年度から本業の大学教員として新しい大学に赴任することになり、教育委員の仕事と両立できなくなった」として、任期を残して教育委員長を中途辞任した。しかしその一方でわずか半月後の2016年4月中旬、吉村洋文大阪市長から、教育分野の政策を担当する「大阪市特別顧問」を委嘱された。

また高尾元久教育委員は、2017年1月末日付で「一身上の都合」として、任期途中で辞職した。

外部監察チームの調査

大阪市教育委員会は大阪市外部監察チームに調査を依頼し、同チームは2017年3月に調査報告書を発表した。

調査報告書では、アンケートが採択に影響したとは認められないと判断した。採択当日の傍聴の手続きについても違法性は認められないとした。

高尾教育委員については、教科書採択当時産経新聞関連会社役員をすでに退任していたことなどから、直接の利害関係者とは認められず教科書採択からの除斥理由にはあたらないとしたものの、より具体的な説明が必要だったと指摘した。

影響

この事件では、真相解明については十分とはいえないままになったものの、一定の影響が得られたことにもなる。

教科書アンケートについては、回答用紙に「意見の多寡が採択に直結するものではない」「回答用紙を持ち帰らないように求める」といった記載をおこなうなどの改善をおこなった。

「不正の温床の一つは全市1区採択制度にある」とも指摘され、採択地区細分化を求める陳情が大阪市会に出されて可決された。大阪市教育委員会は2018年、全市1区採択制度をやめ2019年度小学校教科書採択より採択地区を細分化することを決めた。

その一方で、採択地区が4採択地区になっていて、その区割りが、市政与党の大阪維新の会が進めている大阪市の廃止解体・維新がいうところの「大阪都構想」での特別区の区割りと一致していたことで、新たな疑念が出されることにもなった。

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