実教出版高校日本史教科書採択介入問題

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実教出版が発行した高校日本史教科書(2013年度~16年度使用)について、各地の教育委員会が各高校に対して、採択を拒否・妨害する事例が相次いだ問題。

経過

高校の教科書採択については、形式上は教育委員会が採択することになるが、実質的には各学校の教科担当教師が採択候補教科書の希望を出し、校長を通じて教育委員会に各教科・科目の希望一覧リストを出して、教育委員会がそのまま追認する形になるのが通例となっている。

2012年3月の教科書検定では、実教出版が発行した高校日本史教科書『高校日本史A』(日A302)が、また2013年3月の教科書検定では『高校日本史B』(日B304)がそれぞれ合格した。いずれも旧版からの改訂の形を取ったものとなっている。

高校日本史科目は近現代を中心とした「日本史A」科目(標準2単位)、通史となる「日本史B」科目(標準4単位)の科目が設定され、各学校の状況に応じて適宜開講されている。

2012年3月に合格した教科書は、2013年度1年生より学年進行で使用されることになっていた。

実教出版のこのシリーズの教科書には「A」「B」共通の記述として、注釈として以下のような記述が掲載された。

国旗・国歌法をめぐっては、日の丸・君が代がアジアに対する侵略戦争ではたした役割とともに、思想・良心の自由、とりわけ内心の自由をどう保障するかが議論となった。政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし、一部の自治体で公務員への強制の動きがある。

この記述について、各地の教育委員会から「強制ではない」とやり玉に挙がることになった。

しかし当該記述については、当初はもっとマイルドな記述だったのが、文部科学省の検定で「曖昧」と検定意見が付き、よりはっきりした記述に修正して検定を通過したというオチまである。いわば文科省お墨付きの記述でもある。

東京都教育委員会は2012年夏の教科書採択に際して、当該教科書の上記の記述が「ふさわしくない」として、採択を希望した学校には採択を認めず、他の教科書を選び直すように圧力をかけた。

なお、他社の教科書や、実教出版発行の別シリーズの日本史教科書には、このような介入はなかった。

2013年夏の教科書採択(2014年度に使用)では、日本史科目は開講学年の指定はされていないものの、1年での開講は少なく2~3年で開講する場合が多いことを踏まえて、2年生向けの教科書が新版に切り替わることもあり、この教科書の採択を拒否する動きが各地で目立つようになった。

前述の東京都でも引き続き採択させない動きが出た。加えて、埼玉県、神奈川県、大阪府などでも同様の理由でやり玉に挙がった。

この結果、旧版を使用していた年度との比較では、実教出版の採択率は大幅に低下した。

また採択そのものは認めたところでも、教育委員会が当該教材に特別の指示を出し、その通りに授業することを義務づける事例も目立った。

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各地での動き

東京都

2012年以降継続的に、当該教科書を採択させないと圧力をかける方針をとった。

2012年には、2013年度1年で日本史科目を開講する予定の17校に都教委担当者が連絡するなどし、実教出版教科書の記述は「都教委の方針と相容れない」として採択しないように求める圧力をかけた。

2013年6月には、都立高校での採択・使用は不適切とする通知を出すとする決議を、教育委員会で出している。

神奈川県

2013年8月(2014年度使用)の教科書採択では、事前に採択希望の意向を示した学校が28校あったが、採択希望を出した学校には県教委が「一部記述が県教委の方針と相いれない」などとして採択変更を迫っていた。

その際に「仮にそのまま希望を出しても教育委員会で認めない」「そのまま希望を出した場合は、校名を公表する」「採択の結果発表で実教出版を希望していた学校が明らかになれば、さまざまな団体からの働き掛けで混乱する可能性がある」などと言及していた。最終的に、採択希望だった学校も事前に他教科書に差し替え、教育委員会の審議の場では採択希望を出したところはなかった。

2014年8月(2015年度使用)の教科書採択では希望校は「ゼロ」だった。同年度も神奈川県教委が各学校に圧力をかけ、「実教出版の教科書を採択しない・候補に挙げるのも不可」ように通知するなどしていたことが指摘された。県教委が校長の会議や文書でその旨を指示していたという証言が明らかにされ、また教科書問題に取り組む団体の情報開示請求でもその旨を指示する文書が出されていたことが明らかになっている。

横浜市

2012年(2013年度使用)の教科書採択で、市立高校4校で実教出版版の採択希望を出したものの、市教委の審議会が独断で他社教科書に変更した。

川崎市

2014年8月(2015年度使用)の教科書採択で、市立高校2校から実教出版教科書の採択希望が出されたものの、市教委が再考を指示し当該校の日本史科目のみ採択を保留。学校側は別の教科書を改めて申請し、別教科書が採択される。

埼玉県

2013年8月(2014年度使用)の教科書採択では、一部県議が執拗にクレームを付けた。採択決定以前には、実教出版を採択から除外するよう求める要請をおこなっていた。

2013年採択では8校が採択申請をおこない、「指導資料を学校側に配布するという」異例の条件を付した上で、実教出版を希望した学校の採択を認めた。

しかし埼玉県議会は異例の閉会中審査を行うなどして採択再考を求めた。2013年10には県議会の右派会派主導で、教科書採択のやり直しを求める決議を可決した。

2014年8月(2015年度使用)の教科書採択では、実教出版の採択希望申請はゼロだった。しかし「学校現場では採択を希望する意向を伝えたが、管理職の判断で別の教科書に変えられて申請を届けられた」という声もあがった。

千葉県

2013年度採択(2014年度使用)では5校で採択された。その一方で、2013年11月20日付で、日本史の授業で実教出版の教科書を使用する場合、「生徒に混乱がないよう丁寧に指導すること」などとした通知をおこなった。

新潟県

2014年8月、新潟県立高校少なくとも11校で、校長の介入によってこの教科書の採択希望が拒否され、別の教科書へと変更させられていたことが判明。

新潟県歴史教育者協議会(新潟県歴教協)と新潟県公立高校教職員組合(公立高教組)が2014年8月27日に新潟市で記者会見し、このことを明らかにした上で、「正常な形で教科書の選定をやり直すよう求める」などとする抗議声明を発表した。

大阪府

大阪維新の会大阪府議団が2013年8月、この教科書を採択しないように大阪府教育委員会に申し入れたことが明らかになっている。

中原徹教育長は2013年8月8日、維新府議団との意見交換会に出席し、採択の意向を示した学校の名前を維新側に伝えたうえで、「学校と議論してもらって構わない」とも話した。それを受け、「府教委が止められないなら、皆で大挙してその学校に行こうか」と言及した維新府議もいたという。

また維新府議団は2013年8月27日、実教出版の日本史教科書を採択の対象から外すよう、陰山英男大阪府教育委員長に申し入れた。

また大阪府教委は当該教科書を「一面的」とする見解を出し、各校に通知した。背後には、大阪府内の公共施設での日の丸掲揚や君が代斉唱を義務づける、大阪府の「国旗国歌条例」があるとみられる。

2013年8月30日の採択(2014年度使用)では、同社教科書を希望した8校での採択は希望通り認めたものの、府教委が「疑義がある」とした部分について学校に指導するという条件をつけた。▼当該箇所について特別の補助教材を大阪府教委が作成し、当該部分について補助教材を併用した授業をおこなうこと。▼年間授業計画と当該部分の授業計画について、事前に指導案を出すこと。といった条件を付けた。

兵庫県

2013年9月(2014年度使用)の教科書採択で、実教出版の『高校日本史A』を希望する学校が10校あり、「入学式・卒業式での日の丸掲揚・君が代斉唱は適切と指導すること」という指導事項を通知することを条件に、採択を認める。日本史B科目については採択希望の学校はなかった。

兵庫県教委では従来、教科書採択は教育長の専決事項として、学校側からの希望をそのまま追認してきた。しかしこの年の教科書採択では、教育委員会会議での審議事項に変更されている。

問題収束

実教出版は2016年、4年に一度改訂する教科書の改訂版発行にあわせて、当該記述を削除した。改訂版を教科書検定に申請した時点でこの記述はなかったという。このことにより、不本意な形ながらも問題は収束した。

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