2013年以降、各地の学校図書室や公共図書館で、『はだしのゲン』が閉架措置にされたことが相次いで発覚した問題。
島根県松江市での事例が2013年8月に発覚し、各地の事例も報道された。
歴史修正主義的な極右派からの、戦時中の日本軍の加害行為に関する描写が気に入らないという圧力があり、各地にの教育委員会や議会に陳情や要請があったことが背景にあったと指摘されている。また図書館の自由宣言に照らしても閉架が不適切だとする指摘もされた。
島根県松江市での「撤去」問題
島根県松江市では2012年、在特会とつながりのある極右が、松江市議会に『はだしのゲン』撤去を求める陳情を出した。
陳情では、日本の戦争犯罪を告発した場面が「過激な描写」だとしたという。主人公のゲンが卒業式で「君が代」を歌うことを強要されたことに対して「民間人の首をはねたり、妊婦の腹を切り裂いて胎児をとりだしたり、銃剣の的にした」など、天皇の名のもとにおこなわれた戦時中の日本軍の蛮行を語った描写があり、陳情者はそのことを問題視したとされる。
松江市教育委員会は陳情を受け、有識者や各学校に意見聴取をおこなった。図書館学の専門家からの意見聴取では、閉架は不適切だとする見解が出された。日本図書館協会が図書館運営の基本を示した「図書館の自由宣言」では、図書館に資料収集や提供の自由がうたわれていることが、根拠としてあげられた。
陳情そのものは2012年12月に市議会で否決された。
しかし松江市教育委員会は陳情否決後の2013年、「歴史認識を問題とした陳情とは別の議論。陳情を機に確認した『ゲン』の過激な描写を問題視した」として、「自主判断」によって閲覧の制限と閉架措置を各学校に指示した。図書館学の専門家からの指摘については、「閲覧や貸し出しの全面禁止でなければ、図書館の自由を侵さない」という理屈を付けてねじ曲げた。
2013年8月、一連の経過がマスコミ報道されて問題になった。
その後松江市教委は2013年8月26日、「教育委員会の会議に図らずに、当時の教育長(問題発覚時点では退任)と事務局が独断で事務を進めていたなど、当時の手続きに不備があった」として、閉架・閲覧制限を撤回している。
下村博文文部科学相の見解
下村博文文部科学相は2013年8月21日の閣議後記者会見で、島根県松江市教育委員会が学校図書室の『はだしのゲン』を閉架措置にしたことについて、「子どもの発達段階に応じた教育的配慮は必要。法的にも問題はない」とする見解を示した。
下村氏は「私も指摘されている所を確認したが、果たして小中学生が正しく理解できるのか、必ずしも教育上、好ましくないのでは、と考える人が出てくるのはありうる話」「学校図書館以外で、読みたい人が読める環境が社会全体で担保されていれば良いのでは」などと話したという。
鳥取県立中央図書館での「別置き」措置
鳥取県立中央図書館でも『はだしのゲン』を2011年以降事務室内に別置きし、閲覧者が自由に手に取れない状態にしていたことが、2013年8月に報道された。
2011年夏、小学校低学年の児童の保護者から「強姦などの性的描写などがあり、小さな子が目にする場所に置くのはどうなのか」とクレームがあり、別置きする措置にしたまま2年が過ぎていたとしている。貸し出し希望があれば通常通りに対応していたとされる。
『はだしのゲン』で「強姦などの性的描写」とされるものは、戦時中の日本軍の蛮行について告発する描写だとされている。
「つくる会」の撤去要請
「新しい歴史教科書をつくる会」は2013年9月11日、『はだしのゲン』は学習指導要領に違反していると主張し、学校現場からの撤去を求めて文部科学省に要請した。
同会は、『はだしのゲン』に天皇批判の記述があると主張して、「天皇についての理解と敬愛の念を育てると明記した学習指導要領に反している」とした。また「君が代なんか国歌じゃないわい」というセリフがあるとして、「国旗国歌法で規定された君が代の指導を明記した学習指導要領に反する」などと主張した。
東京都杉並区立中学校での「英訳者講演中止」
東京都杉並区のある区立中学校では、学校行事として『はだしのゲン』の英訳者の講演を予定し、約2ヶ月前から依頼していたが、前日になって校長が急きょ中止を申し入れていたことが、2013年10月にわかった。
東京都内各地で撤去求める請願・陳情
東京新聞の調査によると、『はだしのゲン』を学校図書館など学校現場からの撤去を求めた請願や陳情が2013年9月以降、東京都教育委員会と都内の区市の教委・議会に計14件提出されていたことがわかった。東京新聞2014年2月21日付朝刊が報じた。
このほかにも、正式な請願・陳情ではないものの、複数の市にも『はだしのゲン』撤去を求める意見が送られた。
請願・陳情の趣旨は「旧日本軍の残虐行為を捏造している」「天皇に対する侮辱や国歌の否定が含まれる」など極右的な内容だという。
大阪府泉佐野市での回収問題
大阪府泉佐野市では2013年11月、千代松大耕市長が『はだしのゲン』の作品中に「差別的な表現が多い。人権教育を推進する観点から問題」と同書に否定的な見解を市教育長に伝え、教育長が指示して2014年1月に市立小中学校の図書室から回収する問題が起きた。
市立学校校長会は教育長の指示に対して「特定の価値観に基づき一方的に回収するのは、子どもの人権を著しく侵害する」と抗議した。
2013年3月に問題が報道された。泉佐野市教育委員会は作品の問題点について児童生徒に説明の場を設けるよう学校側に求めた上で、蔵書を学校に返却するとした。