北海道旭川市立中学校いじめ凍死事件

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北海道旭川市立中学校2年だった女子生徒が自殺をほのめかして2021年2月に行方不明になり、約1ヶ月後に遺体で見つかった事件。当該生徒へのいじめや、学校側の不適切対応が指摘された。

経過

女子生徒は2019年4月、旭川市立北星中学校に入学した。

しかし入学直後の同年4月下旬頃から、同じ学校や別の学校に通う男女生徒からいじめを受けるようになった。生徒は学習塾に通っていたが、塾の近くの公園で同じ中学校に通う2学年上の女子生徒Aから声をかけられて顔見知りになった。さらにAを通じて、同じ中学校に通う上級生男子生徒B・近隣の別のX中学校に通う男子生徒Cなどとつながるなどした。それらのグループがいじめ加害者になったとされる。

加害者から夜中に呼び出される、Cから脅されて性的な画像を無理やり送らされたうえに画像を拡散される、Aやその他複数の女子生徒(Cと同じX中学校に通っていたD・Eなど)から取り囲まれて性的な行為を強要されるなどのいじめがあったと指摘されている。

生徒は直後から精神的に様子がおかしくなり、「死にたい」と母親に度々訴えるなどしていた。生徒は絵を描くのが好きだったというが、いじめを受けた前後では絵のトーンが全く異なるものになっていたという。

母親は、中学校入学後に生徒の様子がおかしくなり「死にたい」と度々訴えていたこと、生徒が夜中に呼び出されておびえていたことなどを認知し、担任教員に繰り返し相談していた。

しかし担任教員は、同じ学校に通う加害生徒について「本当に仲のいい友達です。親友です」「あの子ら(A・B)はちょっとおバカな子なのでいじめなどしない。気にしないでください」などと返答したという。生徒が死にたいと訴えたことについて「思春期ですからよくあること」と扱った。また「今日は彼氏とデートなので、相談は明日でもいいですか?」と言ったともされる。

また生徒本人も担任教師にいじめ被害を相談したが、担任教師は取り合わず、対応に問題があったことが指摘されている。

飛び込み事件

被害生徒は2019年6月22日、性的な画像を流すと脅されて、A・B・C・D・Eなど北星中学校およびX中学校の生徒や小学生児童らの加害者グループ約10人から取り囲まれた。生徒が抵抗すると加害者グループは「死ね」と言い放ち、被害者が追い詰められて「死ぬ」と発言すると、加害者グループは「死ぬ気もないのに死にたいとか言うなよ」などとさらに脅したことで、生徒は取り囲まれていた場所のすぐそばにある川の土手から水中に入り込んだ。その際に加害者グループは、生徒が川に入る様子を携帯電話のカメラで撮影していた。

生徒が学校にSOSの電話連絡をおこない、教師が駆けつけて生徒を川の中から出したとされる。また学校経由で母親にも連絡が入り、母親も現場に駆けつけた。

この際、一部始終を目撃した近隣住民が警察に通報し、警察官が駆けつけた。しかし加害者グループは警察官に「この子は親から虐待されている。虐待が辛いと訴えて川に入った」と虚偽証言をした。その影響で家族は、病院に搬送された被害生徒への付き添い・面会を一時禁止された。警察はその後裏付け捜査をおこない、家庭での虐待はないと結論づけ、面会禁止なども解除された。

警察は関係生徒に事情聴取をおこない、入水の強要や性的画像の拡散などが明らかになった。生徒に性的画像を送るよう強要した男子生徒Cは児童ポルノ法違反に該当するとされたが、当時14歳未満で刑事責任を問えず、触法少年として厳重注意処分となった。A・B・D・Eなどほかの生徒についても「生徒を川に飛び込ませた強要容疑にあたる可能性がある」として捜査がおこなわれたが、証拠不十分と判断したうえで厳重注意の措置をとった。警察は加害者のスマホから画像を削除させたものの、加害者の一人がパソコンのバックアップから画像を復元し、再び流出・拡散させたという。

事件後、生徒のスマホの通信記録を分析すると、「友達」だと話していた加害者グループから生徒を心配するような内容の着信はなく、生徒がこのグループからいじめを受けていることを強くうかがわせる内容があったとされる。母親がこのことを学校側に連絡したところ、学校側は校長を筆頭に、加害生徒の行為を「悪ふざけ」「いたずらが過ぎただけ」と扱った。教頭は母親に対して、「10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。10人ですよ。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか。どっちが将来の日本のためになりますか。もう一度、冷静に考えてみてください」など言い放ったとされる。

もう一方のX中学校はことの重大性を認識して、同校在籍の加害生徒や保護者、また小学生の加害児童・保護者を呼び出して被害生徒側への謝罪の場を設定し、X中学校校長が謝罪するなどした。当初は北星中学校とX中学校が合同で話し合い・謝罪の場を設定する方向で被害者家族側と調整していたが、北星中学校側が被害者側弁護士の同席を拒否するなど運営方法でまとまらなかったことから、話し合いの場は各校ごとの開催となったとされる。

北星中学校で被害生徒の保護者が加害生徒側と話し合いを持つ場を設定した際、加害生徒Aは足を投げ出してのけぞって座るなどした上、「いじめの証拠はあるのか」と突っかかるなどしたという。同席したAの保護者もそれを諫めるどころか、「この子は他人から勘違いされやすいタイプなので」などと居直ったとされる。

学校側は入水事案についての調査をおこなった際、生徒本人からは事情聴取せず、加害生徒など関係生徒からのみ聴き取りをおこない「いじめとの認知には至らなかった」と判断した。また学校の報告を受けた旭川市教育委員会は入水事案を「いじめではない」と扱った。一方で入水事案の報告を受けた北海道教育委員会は2019年10月、「客観的に見ていじめが疑われる。いじめを前提に対応すべき」として旭川市教委に対応を要請したが、旭川市教委は対応しなかったともされる。

また生徒の母親は2020年1月、北海道教育委員会の窓口にいじめを訴え、学校側が対応してくれないとも訴えた。北海道教育委員会は母親の訴えを受けて旭川市教委を照会し、いじめが疑われるとして再び対応を要請したものの、旭川市教委はこのときも対応しなかった。

生徒の転校、死亡

生徒は川に入り込んだことを直接の原因とした身体的なケガなどはなかったものの、精神的な症状によってしばらく入院療養を余儀なくされた。PTSDと診断され、2019年9月には転居の上で、別の中学校に転校した。しかし後遺症で、転校先の学校にはほとんど登校できず、外出が困難になる状態が続いたという。

生徒は2021年2月13日夕方、自殺をほのめかすメッセージを複数の知人に送った。メッセージを受け取った知人が警察に通報した。母親は当時仕事中で、警察から母親に「至急自宅の様子を確認してください」と連絡があったという。母親が急いで帰宅して自宅の様子を確認すると、生徒はいなくなっていた。

生徒は行方不明者として捜索が続けられたが、2021年3月23日になり、旭川市内の公園で雪の下に埋もれた状態で遺体で見つかった。死因は低体温症で、死亡時期は2021年2月中旬頃だと判断された。生徒の発見状況からは、暴行を受けるなどの事件性の痕跡は見つからなかったという。旭川市の気候は、生徒が行方不明になった時期の2月には気温が氷点下十数度になるが、発見時には厳寒の雪の中を歩くのは難しいと思われるような軽装だったという。

事件が報じられる

2019年9月、地元マスコミが「入水」事件を報じた。しかしその際、校長とPTA会長の連名で、「ありもしないことを書かれた」「いわれのない誹謗中傷をされ、驚きと悔しさを禁じ得ない」などと記した文書を、ほかの生徒の保護者宛に配布したという。

いじめの概要や生徒の死亡は、2021年4月中旬に週刊誌報道によって全国的に報じられ、大きな問題となった。

報道を受けて旭川市長は事件の詳細な調査を求め、教育委員会はいじめの内容や学校側の対応について検証する方針を示した。2021年4月27日に非公開で教育委員会会議を開催し、当該事案を「重大事態」と認定した。その後第三者委員会を設置した。

遺族側の弁護団は2021年8月18日に記者会見し、事件概要の説明をおこなった。席上で生徒の母親の手記を公表し、いじめに関する情報提供を求めた。

生徒は匿名でツイッターを開設していて、ツイッター上で「いじめられていた」と訴え、いじめの様子や当時の心境について書き込んでいたことが、2022年1月までに確認された。書き込みの内容や、生徒の自宅パソコンから当該ツイッターアカウントにログインできたことを遺族が確認したことなどで、生徒本人の書き込みだと確認した。

第三者委員会

旭川市教育委員会は2021年5月に第三者委員会を設置した。しかし当初選任された委員のうち2人が、事件調査の対象者と何らかの接点があることが判明したとして、2021年11月までに辞退する問題も生じた。小児科医の委員は「調査対象の生徒を診療したことがある」として、弁護士の委員は「関係者からいじめ相談を受けた弁護士と同じ事務所に所属する弁護士」だとして、それぞれ調査から外れることになった。

第三者委員会は2022年3月、加害者側から死亡した生徒へのいじめについて、「性的な目的で体を触った」「深夜に呼び出した」「菓子などの代金を繰り返しおごらせていた」「性的な動画を送信するよう長時間にわたり要求した」「自分で性的な行為をするよう繰り返し求めた」「嫌がられているのにからかうような行動を続け、生徒を川に飛び込むまで追い詰めた」の6項目・あわせて10件以上のいじめを認定し、遺族側に通知した。

また第三者委員会は、それまで判明していた加害者5人のほか、被害生徒と同じ中学校に通っていたF・Gの別の2人の上級生男子生徒についても、新たに「いじめ加害者」として認定した。

調査報告書情報流出疑惑

第三者委員会の調査報告書は、遺族などとの協議を経て、被害生徒のプライバシーにかかわるなどと判断した箇所については一部黒塗りの状態で、2022年9月に開示された。

しかし文書の非公開部分が流出している疑いがあることが複数回指摘された。

2023年10月、「非公開部分を含む調査報告書が、差出人などが記載されていない匿名の状態で封筒に入れられて、自宅ポストに投函されていた」と、ある旭川市議がSNS上で訴えた。

遺族側弁護団は「非公開部分を公表する行為は遺族にも耐えがたい屈辱を与えるもので、断じて容認できない」として、旭川市教育委員会に刑事告発を求めた。しかし旭川市教育委員会が調査を実施したところ、市役所内での調査報告書の盗難・紛失やコピーされた形跡などは確認できず、市議も「届いた原本は廃棄した」と回答したとして、「現物を見ていないので、はっきりしない」として刑事告発などを見送り、2023年11月に調査を終結した。

その後、黒塗りが非公開の状態の調査報告書が、いじめ撲滅を訴える市民団体のウェブサイトに公開され、2024年6月24日までにマスコミ報道された。

当該サイト管理者は「入手先は明らかにできない」「黒塗りだと、被害生徒の苦しみはわからないと考えて公開している」「いじめ撲滅が目的だ」としている。

旭川市教育委員会は、サイトに掲載された調査報告書を確認し、「正式に公開する前の未完成稿が流出した可能性がある」と判断した。2024年6月25日までに、当該サイト管理者に対して、削除を要請する方針を決めた。サイト管理者は「市教委から要請があれば、協議の上で対応する」とした。

旭川市から当該サイトへの削除要請は2024年6月26日におこなわれ、サイト管理者はそれを受けて同日夜までにサイトを削除した。

再調査委員会

遺族側は「いじめと自殺との因果関係についての調査が不十分」と訴え、再調査を要望した。このことを受け、2022年9月、市長部局で再調査委員会を設置する方針が決まった。2022年11月までに再調査委員を選定する方向を決めた。再調査委員会の委員には、いじめ問題に詳しくテレビ出演などの経験もあり、大津いじめ自殺事件(2011年発生)でも調査委員を務めた経験がある教育評論家の尾木直樹氏や、精神科医で批評家としても著書がある斎藤環氏などが含まれているという。

その後再調査委員会が設置され、調査にあたった。再調査委員会は2023年8月1日に記者会見を開き、「同日までに、関係者への聴き取り作業などをほぼ終えた」ことを明らかにした。今後内容の分析やまとめなどの作業をおこない、調査結果がまとまるのは2024年度になるという見通しを示した。

再調査委員会は2024年6月30日、生徒へのいじめ7件を認定した上で、生徒の死亡は自殺だと認定し、「いじめが自殺の主たる原因」として、いじめと自殺との因果関係を認める結果をまとめた。再調査委員会では、生徒が開設していたSNSの発信履歴約4000件を分析した。いじめを受けて心的外傷後ストレス障害(PTSD)となり、自尊感情の低下などが亡くなる直前まで続いたと認定した上で、「いじめがなければ自殺は起こらなかった」と結論づけた。

再調査委員会は、2024年6月下旬に発覚した流出疑惑を受け、報告書の提出を見合わせていた。その後体制が整ったとして、報告書の答申に踏み切った。

再調査委員会は2024年9月1日、再調査報告書を市長宛に答申した。再調査委員会の委員長を務めた、教育評論家・尾木直樹氏は会見で、報告書の内容について「旭川市はもとより、全国の子どもたちが希望の未来を描けるよう、いじめ対策の道標となることを願っている」と話した。

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派生事件

事件が大きく報道されたことに呼応するような形で、派生事件も複数発生している。

脅迫事件

宮崎県在住の男性は2021年5月、教頭を名指しし「謝罪会見をしなければ殺害する」と学校に手紙を送りつけた。男性は脅迫容疑で逮捕され、2021年8月18日付で脅迫罪で罰金の略式命令を受けた。

神奈川県在住のYouTuberが旭川市の現地に赴き、「取材」として旭川市在住の女性(被害者と面識があるとされるが、事件との関連は不明)に「話を聴かせてほしい」「(話をしなければ)今以上の炎上騒ぎになると思います」などとSNSにコメントするなど、過剰な接触を取るなどしたとして、強要未遂で摘発される事案も発生した。当該YouTuberは、被害者の知人とされる複数の人物の氏名や顔写真を一方的に公開したり、関係先を繰り返し訪問するなどの行為をおこなったともされる。

無関係の人物への嫌がらせ

無関係の人物が「加害者」だとネット上で名指しされ、自宅住所や顔写真・家族の情報などが晒されて、関係先に嫌がらせが起きる事件も複数発生した。

旭川市在住の10代少年は、事件とも無関係にもかかわらず、Twitterなどで「犯人の一人」と名指しされ、本人や家族の実名・顔写真などを流布される被害に遭った。

被害少年と家族は2022年までに、発信者情報開示請求で書き込み者を特定した。そのことを受け、2023年3月までに、当該書き込みをおこなった神奈川県相模原市在住の人物に対して、計約440万円の損害賠償を求める民事訴訟を、旭川地裁に提訴した。この人物に対する訴訟では、旭川地裁は2023年6月7日、投稿者に対して約330万円の損害賠償を命じる判決を出した。

さらに同じ被害少年と家族は2023年5月、別の新潟県長岡市在住の人物に対しても、「同様の書き込みをおこなった」として、約220万円の損害賠償を求める訴訟を旭川地裁に提訴した。旭川地裁は2024年7月25日、投稿者に対して約55万円の損害賠償を命じる判決を出した。

また栃木県在住のYoutuberの男性が、いじめに無関係な人物を「いじめ加害者」と名指しする動画を作成し公開したとして、当該者は名誉毀損容疑で宇都宮区検に略式起訴され、宇都宮簡裁は2023年6月13日付で罰金50万円の略式命令を出した。

栃木県のYoutuberから「いじめ加害者」と虚偽で名指しされるなどの被害を受けた人物と関係者は、2024年3月までに、当該YouTuberを相手取り、約450万円の損害賠償を求める訴訟を、旭川地裁に提訴した。被告側は第1回公判に出廷せず、答弁書も提出せず、即日結審した。旭川地裁は2024年5月20日、原告側の訴えを認め、計約230万円の損害賠償を命じる判決を出した。

遺族への中傷書き込み

またツイッター上で、遺族を事実無根の内容で中傷する書き込みがあったとして、遺族側が書き込み者の情報開示を求めてプロバイダを提訴したことも明らかになった。

愛媛県松山市在住の男性が2021年4月、生徒の母親を中傷する書き込みを計4件おこなったとして、松山区検が2022年1月31日、侮辱罪で松山簡裁に略式起訴した。男性は2022年2月2日付で科料9000円の略式命令を受けた。

またネット上の悪質な書き込みについて、プロバイダへの情報開示訴訟で旭川市内の女性を割り出し、保護者が2023年1月までに当該者を相手取り約250万円の損害賠償を求める訴訟を起こした。生徒の保護者は当該者について「内部関係者を装って書き込みをしていて、事情を知らない第三者が読めば誤って信じやすく、悪質性が高い。10回以上にわたる執拗な投稿で著しい心理的苦痛を受けた」と訴えている。旭川地裁は2023年6月15日、「娘を突然亡くした原告が、自身が娘の自殺の一因であるかのような名誉毀損を受けたことにより大きな精神的苦痛を被ったことは明らか」などと指摘し、当該女性に対して約165万円の損害賠償を命じる判決を出した。

また別の名古屋市の女性についても、遺族の名誉を傷つける書き込みをおこなったとして、名古屋区検で2021年3月、科料9000円の略式命令が下った。遺族は当該女性に対して、2023年2月、約250万円の損害賠償を求める民事訴訟を旭川地裁に起こした。2023年4月27日付で、「当該女性が謝罪し、関係者の権利を二度と侵害しないと誓約する。和解金約230万円を支払う」といった内容で、旭川地裁で和解が成立した。

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