熊本市立中学校に進学したばかりの男子生徒が2019年4月に自殺し、背後に小学校6年時の担任教諭の不適切指導が指摘された問題。不適切指導が認定され、教諭は2022年12月に懲戒免職となった。
経過
熊本市立藤園中学校に入学したばかりの1年の男子生徒(以下Aさん)は2019年4月18日夜、マンションから転落して死亡した。飛び降り自殺だとみられている。生徒の自殺原因について、2019年3月に卒業したばかりの熊本市立五福小学校で、6年の担任だった教諭からの指導を苦にしていたことが指摘された。
教諭の行為
当該の男性教諭・Y(2022年12月時点で60歳)は、2014年度に熊本市立五福小学校に着任し、2018年度まで5年間同校に勤務した。
教諭は着任当初から、当該校の3年以上の児童を加入対象とする部活動の顧問を受け持った。当該部活動は教諭着任後、大会などで好成績を修めるようになったという。その一方で当該部活動は教諭着任後に指導が厳しくなったと指摘された。なお当該教諭が顧問を務めていた部活動については、2019年に当該教諭が他校に異動したのち、同年度より地域クラブとして運営形態を変更する形で、少なくとも2022年度までは当該教諭が引き続き外部指導者として指導にあたっていたという。
一方で教諭が着任後の2014年度以降、当該教諭は部活動の指導のみならず授業などの際に、児童の胸ぐらをつかむなどの行為、「バカ」「アホ」「役に立たない」「何ば考えっとや」などの暴言、大声を出すなどの威圧的な行為を繰り返し、苦情が度々学校に寄せられていた。
2014年度には、当時担任していたクラスの児童が、教諭の威圧的な指導への恐怖心から保健室登校状態になるなどした。
2015年2学期には、部活動に所属していた当時6年の女子児童(Aさんの3歳上の姉)に、「お前の顔を見るとイライラする」などと暴言を吐き、保護者が教諭に抗議した。
2016年度・17年度には学級担任を外れて、教科の専科教員となった。教諭の元々の主専門は社会科だというが、専科を受け持った教科は社会科とは別の教科だとされる。専科になった理由については、教諭本人は「自分で希望した」などとしたが、一部の管理職は「児童や保護者とのトラブルが相次いでいたことを不安視して専科に回した」「その教科を専門とする教員が、新年度に専科担当を希望しなかったので、この教諭を専科に回した」と証言した。
2017年度には、授業中に当時3年の児童の胸ぐらをつかんで壁に押しつけるなどし、後頭部にこぶを作る事件が起きた。そのことを把握した教頭が教諭に指導した際、教諭は逆上し、「そんくらい、すっでしょうもん(そのぐらいするだろう!)」と怒鳴りながら、教頭のいた場所のすぐ横の壁を殴って威嚇した。
2018年度の教諭の行動
教諭は2018年度、専科教員から外れ、6年の学級担任に付くことになった。このことについては、教頭(2018年度に他校に転任)は「新年度の学校運営の構想では、この教諭を引き続き専科にすることを考えていた」、この年に着任した新教頭も「校長は、この教諭を専科にしたいと考えていた様子だった」と証言した。一方で校長は「この教科の専科ができる教員がほかにいた」「6年の学級担任を希望する教員がほかにいなかった」などとして、教諭を6年学級担任に配置した。
別の児童への暴力事件
担当クラスでは2018年4月はじめ、入学式の準備の際に、Aさんとは別の男子児童・Bさんに対して、この教諭が児童の胸ぐらをつかんで清掃用具のロッカーに押しつけるなどの暴行・「体罰」を加えた。この事件では、Bさんは首に打撲傷を負い、急性ストレス障害などと診断された。Bさんはその後登校できなくなり、転校した。
Bさんの保護者は、警察に被害届を出すなどした。しかし教諭は2018年9月に起訴猶予処分になった。Bさんの保護者が検察審査会に申立をおこなったものの、2019年4月に不起訴相当と議決された。
この案件での教育委員会としての当該教諭への処分は、「教諭のほかの行為についてもまとめて処分してほしいという要望があった」として、2022年11月まで保留状態になっていた。
この事件の被害児童Bさんは、自殺したAさんとも仲がよかったという。
クラスの状況
またほかにも、担任教諭のクラスでは、常習的な「体罰」や威圧的な指導が指摘された。当該教諭が2018年度に担当したクラスでは、教諭が日常的に「児童に大きな声で返事をさせる。緘黙傾向をもつ児童や大きな声を出すのが困難な傾向がある児童にもお構いなしに、大声を出させようとする」「何かあると、別の児童に対してその児童のどこが悪いのかを指摘させる」などの指導を繰り返した。このことで、直接の指導対象となった児童だけでなく、Aさんを含めて指導の様子を目撃した児童にも心理的な負担が生じる状況になり、クラスの雰囲気を萎縮させていたと指摘された。
卒業前に配布された卒業文集では、複数の児童が、文集に掲載された担任教諭の名前と顔写真を塗りつぶしたと指摘されている。また卒業式での呼びかけでは、ある児童が事前の予定原稿を独自に差し替えて、2018年4月に暴力事件を受けて転校したBさんの名前を出し「転校したB君のことを忘れないで」などと言及した。それを聞いた児童や周囲の教職員は「担任教諭への抗議・批判」と受け取ったとされる。
Aさん自身に関連することとしては、トイレの時間が長くなる、円形脱毛症が見つかる、口数が少なくなる、睡眠の状況が悪くなる、ぼんやりしている様子が目立つようになったなどの状況が出た。またAさんは家庭で、「担任教師がウザい」「学校がストレス」などと繰り返し話していたという。
卒業直前の2019年3月に、給食委員会の活動中に、Aさんがノートに「絶望」「死」「呪い」などと書き付けていたのを、委員会担当の教員が見つけた。教員は「担任教諭に対する書き込みなのか」と聞いた。Aさんは書き付けた理由を詳細に話さなかったが、やりとりを目撃した周囲の児童はいずれも「担任教諭に向けた書き込みだと察した」と委員会担当教員に伝えた。委員会担当教員は校長に報告し、校長からAさんに事情を聴いたものの、保護者への連絡はしていなかった。
また2019年3月8日付で、Aさんの保護者を含む保護者有志から「当該教諭への処分と、不適切指導の再発防止を求める」とする嘆願書が、熊本市教育委員会に出された。
また同校の教職員も、当該教諭の児童への不適切指導について、熊本市教委に相談していたという。
同僚教職員へのハラスメント行為
また当該担任教諭の威圧的な言動は職員室の雰囲気を悪くさせ、同僚教職員にも悪影響を与えていたと指摘された。
当該教諭が威圧的な態度で、他の教員に対して、教育活動上無理難題を押しつけるなどするなどの状況もあったという。「当該担任教諭が、6年生のクラス編成を強引に変更した。修学旅行の段取りを勝手に決めるなどした」などの被害もあったとされる。教諭の言動が原因で体調を崩して病院を受診し、病気休暇を取った教職員もいた。
ほかの教員は、当該教諭と顔を合わせたくないとして、職員室への入室をできるだけ避けて、教職員間の連絡や打ち合わせなどの際は別室に集まるなどの状況も生まれた。
教諭は児童らの卒業と同時に、2019年度に熊本市立力合西小学校に転任した。教諭が転任した後、職員室の雰囲気はがらりと変わったとされる。
児童の死亡
Aさんは熊本市立藤園中学校進学後、2019年4月18日夜に自殺した。自殺事案が起きたのは、中学校の入学式から約1週間後だった。
中学校は自殺事案の一報を受けて、Aさんがオリエンテーションで使った自己紹介・教科の学習プリントなどの提出物や、Aさんの教室の机周辺を確認したが、自殺の兆候をうかがわせるような内容は確認されなかった。学級担任や教科担任の教員への聴き取りでも、Aさんの異変を示すような情報は得られなかったという。
また小学校からの引き継ぎ資料も確認したが、Aさんに関して気になる情報は見つからなかった。
中学校は小学校に連絡を取り、情報交換した。小学校からは、6年の別のクラスの担任だった教員が、6年時の担任だった教諭が学年の児童に不適切指導を繰り返していたことを中学校側に伝えた。
Aさんの両親は、「死」などと書かれた小学校時代のノートを、Aさんの死後に自室から発見したことや、弔問に訪れた同級生から話を聞く中で、「Aさんの自殺には、小学校6年時の担任教諭の指導が関係しているのではないか」という疑念を持った。そのことを中学校側に伝え、同級生などへのアンケートなどがあれば開示してほしい、調査などをしてほしいと申し出た。
中学校側は、Aさんが自殺したことでの心理的なケアを必要とする生徒がいるかどうかを把握する目的の調査をおこなったものの、Aさんに関する直接的な内容を調査することはせず、それ以上の調査には消極的だったという。
熊本市教育委員会は事象を認知し、中学校側とともに対応していた。しかし対応が不十分だったと指摘された。2019年10月、自殺事案の背後には小学校時代の担任教諭からの不適切指導があったとする内容や、教育委員会の対応が不十分ではないかとする内容が、新聞報道された。
第三者委員会
第三者委員会は2022年10月24日、調査報告書を公表した。
調査報告書では、小学校6年時の担任教諭からAさんへの直接の暴力や暴言があったかどうかははっきりしないとした。一方で、担任教諭が日常的に威圧的な態度を取っていたこと、同級生への暴力や暴言を間近で見ていたことなどから、不適切指導を間近で目撃する形になった児童の精神状態に強く影響を与え、抑うつ状態を発症させて重症化させたと判断した。担任教諭の行為が自殺に至った一因だと考えられるとも指摘し、自殺との因果関係を認定した。
また、「事実関係を解明してほしいという家族の願いに十分に応えられていないこと」「小学校担任教諭への不適切指導への対応が不十分だったこと」「中学校での同級生への調査や心のケアなどの対応が不十分だったこと」など、小学校・中学校・および熊本市教委の対応が不十分だったことを指摘した。
小学校が、「死」などと書かれたノートの存在を把握していながら保護者に伝えていなかったことは、「伝えれば病院受診などに至っていた可能性が高い」などとして、伝えなかったことは問題だったと指摘した。小学校では、担任教諭の不適切指導に十分対応できなかったことは不十分だと指摘した。中学校と熊本市教委については、中学校での同級生への調査などの対応が不十分で、事実関係を解明してほしいとする家族の願いに十分に応えられなかったことは不適切だと指摘した。
マスコミの対応
第三者委員会の報告が公表されたことを受けて、熊本県内のマスコミは教諭への取材を試みた。一部週刊誌によると、教諭は異動先の学校の校長を通じて、マスコミ各社・担当記者に対して、教諭が自ら作成したという「『誤解を生む記事』を出さないように『真摯に取材すること』」「取材の際には、事前に取材の意図や書面で通知すること」「取材拒否にも異議を申し立てないこと」などと、自身にとって不都合な内容を取材したり記載するなとばかりに受け取れるような内容を書いた誓約書に署名捺印するように迫ったという。ほぼすべてのマスコミは、誓約書に応じなかったとされる。
教育委員会の対応
熊本市教育委員会は教諭の行為について150件以上を審議し、2022年11月までに、あわせて42件を不適切な指導や「体罰」だと認定した。その中には、調査報告書で指摘されたものも複数含まれているとされる。
熊本市教育委員会や、教諭の異動先の勤務校・熊本市立力合西小学校では、教諭を2022年11月中旬まで通常通り教壇に立たせていたという。しかし熊本市教育委員会は2022年11月17日以降、教諭を学校現場から外す措置をとった。
熊本市教育委員会は2022年11月、五福小学校および藤園中学校に在籍する児童・生徒およびその保護者に対して、当該教諭の行為に対する情報提供を呼びかけた。2022年11月末までに、57件の不適切行為の情報が追加で寄せられ、熊本市教委はうち12件について「詳細な調査対象とする」とした。
教諭への処分
熊本市教育委員会は2022年12月1日夜に教育委員会会議を開催した。先行して確認された42件の行為を処分対象とする形で、教諭の処分を審議した。翌2022年12月2日付で教諭を懲戒免職処分にすることを決定し、12月2日に公表した。
また熊本市教育委員会は2022年12月23日、すでに懲戒免職になった元担任以外の学校関係者や市教委事務局担当者についても処分を決めた。生徒が小学校6年在籍当時の小学校の校長を減給10分の1(2ヶ月)、また小学校6年時の小学校の教頭を停職14日などとした。校長や教頭については、Aさんが「死」などと書いていたノートの存在を把握しながら、校長は「保護者に情報提供しなかったこと」・教頭は「生徒の死後も市教委への報告を怠っていたこと」などが問題視された。また市教委関係者についても、7人を戒告、教育長・教育次長など7人を訓告とした。
処分不服申立
懲戒免職を受けた元教諭は2023年2月27日、処分を不服として熊本市人事委員会に不服申立をおこなったことを明らかにした。元教諭は「不適切行為はしていない」「『体罰』とされるものの事実認定については、時間や場所、対象となった相手などがはっきりしたものではなく、認定は不当」「市教委の調査に対し、弁明の機会が与えられなかった」などと主張し、懲戒手続自体が違法なものであると主張した。