大阪府堺市立小学校で1996年、学校給食が原因とみられるO157集団食中毒が発生した事件。食中毒被害は1校にとどまらず市内の大半の小学校に広がったが、原因となった食材等は不明。
事故概要
1996年7月13日午前、大阪府堺市内の医療機関から堺市役所や保健所等に対し、「前日7月12日の夜から、下痢や血便等の症状を訴える小学生を多数診察した」という情報が次々と寄せられた。堺市は小学生の集団食中毒を疑って調査を開始し、7月13日午後3時に環境保健局長を本部長とする堺市学童集団下痢症対策本部を設置した。7月14日、患者の検便から腸管出血性大腸菌O157を検出、食中毒の原因菌と断定した。
患者数は日を追うごとに増加した。市南部の小学校を中心に、小学生児童・小学校の教職員、また児童・教職員の家族など約9500人が症状を発症し、うち児童3人が死亡した。また事故当時小学校1年で重症を負った女性が19年3ヶ月後の2015年10月、後遺症が原因で死亡している。
堺市は1996年7月16日、市長を対策本部長とした全庁体制をとった。食中毒の原因となった食物については、7月上旬に提供された小学校での学校給食が原因とみられている。だが、菌に汚染されていた食材は特定されていない。
堺市では事件発生後しばらく学校給食を中止した。1996年11月に堺市長が「安全宣言」を出し、同年11月19日から給食が再開された。
その後
かいわれ大根への風評被害
当初「かいわれ大根」が食中毒の原因という発表もあったが、後に否定された。このことに関して、かいわれ大根の生産業者などが「厚生省が誤った発表をしたため損害を受けた」として国に損害賠償を求めた訴訟は2004年12月14日、国に損害賠償を命じる判決が確定している。
再開直後の事故
給食再開後の1996年12月、堺市が学校給食の食材を検査した際、肉じゃがに使用する牛肉からO157を検出していた。しかし当時の市長や教育長らの協議の末、「十分に加熱すれば菌が死滅するので大丈夫」などと判断し、検出の事実を伏せてそのまま学校給食を続行していた。この時には人的被害はなかった。
8年後の2004年12月、この事実が明らかになった。検査を担当した職員は「細かい時期や学校名までは記憶にないが、給食からO157を検出して、口頭と文書で報告した覚えがある」と証言した。一方当時の衛生研究所所長は「記憶にない」などと食い違った証言をおこなった。堺市が保管している報告書は O157の検出の有無についてはすべて陰性となっており、文書改ざんの可能性も出ているが、堺市は「これ以上の調査は困難」として、この件での調査を打ち切った。