兵庫県神戸市東灘区の神戸市立御影中学校の柔道部で、合宿中に体調不良の兆候を示した生徒を顧問教員が放置した上練習を続行させ、また「気合いが入っていない」などとして平手打ちするなどした事件。生徒は直後に倒れ、熱中症で死亡した。
事件の経過
神戸市立御影中学校の柔道部は、2005年8月1~3日の日程で、他の神戸市立中学校2校・兵庫県淡路市立中学校(淡路島)1校と合同で、淡路島で合宿をおこなっていた。
1年生の男子生徒は、8月2日午後の練習中にトイレに頻繁に行ったり床に横になるなどし、また8月2日の夕食にはほとんど手をつけられなかったなど、体調不良の兆候を示していた。生徒は練習中に「インフルエンザにかかったようで頭が痛い」と訴えたが、顧問らは「冗談だろう」「練習をさぼるための口実」などと見なし、生徒の訴えを放置して適切な対応をとらなかった。
生徒の様子に対して、8月2日午後9時頃から約1時間にわたり、顧問のX1臨時講師(29)=男性・保健体育担当・柔道有段者=と、副顧問のX2臨時講師(25)=男性・数学担当・柔道有段者=が、宿舎の淡路市のホテルの1階ロビーで生徒を正座させて説教した。その際、顧問が「練習に気合いが入っていない」などとして生徒の腹を蹴ったり平手打ちするなどした。
生徒はその直後の午後10時過ぎに入浴したが、風呂場で倒れた。午後10時35分頃、X2が異変に気づいて119番通報。救急隊が駆けつけたときには、生徒はけいれんを起こしていたという。
生徒は病院に運ばれたが、翌8月3日未明に死亡した。
刑事処分
当初は暴行死(狭義の「体罰死」)事件の可能性も疑われ、兵庫県警津名西署は傷害致死容疑で関係者から事情聴取した。また兵庫県警は、遺体を司法解剖して死因を調べた。
兵庫県警による司法解剖の結果、8月3日夜までに、生徒の死因は急性心不全で暴行とは因果関係が薄いと鑑定された。熱中症を発症していて手当てがされなかったことが死につながったとみられている。
兵庫県警津名西署は8月5日以降、「体調不良を訴えている生徒に対して適切な対応をとらなかった」とみて、業務上過失致死容疑で改めて顧問らから事情を聞いた。
生徒の死因について、監察医による最終鑑定の結果は、体内に十分な血液が行き渡らなかったことによる「急性循環不全」であることが、2005年12月までに判明した。熱中症が急性循環不全を引き起こした可能性もあるとみて、兵庫県警津名西署は引き続き捜査した。
兵庫県警捜査1課と淡路署(事件捜査を担当していた津名西署は、2006年4月に近隣署との統合や管轄区域変更により淡路署へと改編された)は2006年12月18日、顧問のX1臨時講師・副顧問のX2臨時講師を書類送検した。
神戸区検は2007年7月までにX1・X2を略式起訴し、神戸簡裁はX1に罰金50万円・X2に罰金30万円の略式命令を下した。
事件の性質
この事件は「熱中症へ適切な対応をとらなかったことによる死亡事故」という側面とともに、「体罰」事件という側面もある。直接的な暴行と生徒の死亡との間に因果関係がなかったとしても、暴行を加えたこと自体が問題である。また体調変化を把握しながら放置して懲罰的に暴力を加えたことなど、広い意味では「体罰死」事件とも判断できる。
御影中学校は2005年8月4日、生徒全員を対象にした全校集会を開催し、集会の場で校長が謝罪したという。また、8月4日夜には保護者を対象に、事件に関する説明会を開催。その席上、保護者からは「体罰」や部活動運営への批判が出たという。
「体罰」は日常的だった
一方、死亡した生徒の保護者や、他の部員の保護者は、「前から『体罰』があったと聞いている」「竹刀で殴られることもあった」などと話しているという。顧問は柔道部の練習に日常的に竹刀を持ち込むなどし、合宿にも竹刀を持参していたという。
「全国学校事故・事件を語る会」、真相解明などを要請
2005年8月11日、学校での事件・事故で子どもを亡くした兵庫県内の親などでつくる「全国学校事故・事件を語る会」が、神戸市教育委員会などに対して、事実関係の徹底解明と、再発防止などを求めて要請した。
神戸市教委の対応
神戸市教育委員会は2005年8月16日、生徒の体調不良を見逃して重大な事態を招いたことと「体罰」の2つを理由に、顧問・X1と副顧問・X2の両講師を講師任用期間満了(2005年9月末)までの46日間の停職処分にした。両講師は退職届を提出し、8月16日付で受理されて退職した。また神戸市教委は、監督責任を問い、校長を戒告・神戸市教育長を文書訓戒にした。
また神戸市教育委員会は同日、X2が8月1日に生徒4人に対して竹刀で頭を殴っていたことや、熱中症で死亡した生徒に対して8月2日にX1らが絞め技で計4回にわたって気絶させていたことや同日の練習終了後にX2が「着替えが遅い」として平手打ちしていたことなどの行為も明らかにした。
しかし神戸市教育委員会は、合宿中に顧問らが絞め技を繰り返し加えたことや、「顧問らが部活動の指導中に日常的に部員を竹刀で殴るなどしていた」という保護者からの訴えに関しては、事実関係を認めながらも、この事実に対して指導の一環とし、「体罰」ではないと判断した。
民事訴訟
遺族は2008年3月12日、元顧問らが適切な措置を怠り、また学校側が注意義務を怠ったなどとして、学校を管理する神戸市を相手取って損害賠償を求める訴訟を神戸地裁に提訴した。
神戸地裁は2010年5月19日、「元顧問らは、体温が著しく上昇している可能性があることを認識できた」「直ちに練習をやめさせるべきだったのに続けさせた過失がある」「応急措置をとっていれば救命できた」などと元顧問の過失を認定し、また過失と死亡との因果関係も認定し、神戸市に対して約1900万円の損害賠償を命じる判決を出した。
一方で判決では、学校側の注意義務への判断については言及しなかった。
神戸市は2010年5月24日、控訴しないと発表した。原告側も控訴しない方針を表明し、一審判決が確定した。