秋田県立能代松陽高校に在籍していた女子生徒が、部活動やクラスでいじめを受け、2016年に別の高校への転校に追い込まれた事件。秋田県教育委員会として初めてのいじめ「重大事態」に認定され、第三者委員会の調査でもいじめの事実関係が認定された。
経過
女子生徒は2014年に秋田県立能代松陽高校に入学した。1年時の2014年度、所属する部活動で、部員から「死ね」「消えろ」などの暴言・悪口を振りまかれる、仲間はずれにされるなどのいじめを受けた。さらに2年進級後の2015年度には、クラスでも悪い噂が振りまかれるなどした。
生徒はいじめによって体調を崩し、うつ状態と診断された。
生徒側は2015年2月以降学校側にいじめ被害を訴えた。しかし対応に当たった校長や部活動顧問の臨時講師は、「事実が確認できない」「人間関係のもつれだ」「当事者間で解決できないか」「弁護士か警察に相談したらどうか」などという対応を繰り返したという。
学校側は秋田県教育委員会に対して、「女子生徒と他の生徒の間に意見の食い違いがある」などと報告をおこない、秋田県教委は当初、いじめとは認識していなかった。一方で生徒と保護者は2015年9月、秋田県教委に直接被害を訴えた。このことで秋田県教委がいじめを認知した。
生徒は2016年の3学期の始業式に出席したが、翌日より登校できなくなった。登校できなくなると、生徒が学校を休んでいる理由を中傷するような悪質な噂話が流されるなどのこともあったという。またインターネット上の掲示板には、投稿者は不明としながら、2016年3月23日付で生徒と家族を名指しで中傷する書き込みもおこなわれたという。
これらのことから主治医が「環境を変えた方がいい」と診断し、生徒側は「いじめの状況が改善されていない。医師からのすすめもあった」として、秋田県教委とも相談の上で、3年進級時の2016年4月に別の高校への転校を余儀なくされた。
校長はいじめの不適切対応を問われて2015年11月に秋田県教委から厳重注意処分を受けたのち、2016年3月に定年退職した。定年退職を受けての離任式では、いじめ事件が報道されていたことを念頭に置いたのか、「新聞に書いてあることは一方的だ。信じないように」と発言したという。
副担任の「体罰」疑惑
2016年1月の3学期始業式で、校長講話中、副担任の40代女性教諭がこの生徒を手に持っていたバインダーファイルで叩いた疑惑が指摘され、被害生徒は同年4月までに警察に被害届を出した。
被害生徒によると、体調が悪くて座ってもいいかどうか隣の生徒に聞いた際に叩かれたと訴えた。
一方で教諭は暴行を否定し、「生徒が私語をしていたから注意した」「故意に叩いたことはない。誤ってファイルが当たったような感触もなかった」とした。
被害生徒側は「生徒がいじめで体調を崩していたことは、副担任であるこの教諭は把握していたはず。教諭の行為は、学校側のいじめの不適切対応の延長線上にある」と批判した。生徒はこの日以降登校できなくなった。
第三者委員会
生徒からの被害訴えを受け、秋田県教委は2015年9月にいじめの「重大事態」に認定し、2015年12月に第三者委員会を設置することにした。しかしその間の事実経過は非公表とされ、2016年3月になって新聞報道で明らかにされた。非公表の理由について問われた秋田県教委担当者は「(この時点では)関係生徒が在学中である」ことをあげたという。
秋田県教委が設置した第三者委員会は2016年6月22日付でいじめ調査の報告書をまとめ、3週間後の同年7月14日に公表した。「いじめ防止対策推進法が定めるいじめがあったと認定することが適当」としていじめを認定し、学校の対応について「場当たり的で、被害生徒と保護者の不信感が募った」と指摘した。一方で、報告書31ページのうち10ページ分しか公表されず、さらに公表されたページのうち、いじめの詳細な経過・事実関係など約4分の1が黒塗りとなっていた。
被害生徒側は2017年7月までに、「いじめが十分に解明されていない」として、佐竹敬久知事にいじめの事実関係の再調査を求めた。
2017年12月に再調査が諮問され、秋田県の附属機関・秋田県子どもの権利擁護委員会が再調査をおこない、2019年4月25日付で再調査報告書を公表した。
再調査報告書では、部活動内でのいじめがあったことに加えて、県教委の調査委員会では認定されなかったクラスでのいじめについても認定した。また学校側の対応についても問題があったと指摘した。部活動顧問からの報告をもとに校長が「いじめではない」と速断して被害生徒への聴き取りなどをおこなわないなど不適切な対応を繰り返したことなどが事態の重大化を招いたと判断された。また秋田県教委がいじめの重大事態と認定したあとも、学校側の対応が遅れ、被害生徒の安心・安全を守るという姿勢にかけていたことも重大だと指摘された。
法務局の対応
秋田地方法務局は2017年8月までに、当時の校長の対応が人権侵犯に当たると認定した。2015年2月には生徒からのいじめ被害を把握していながら必要な措置を講じなかったと認定し、いじめが継続されたと判断した。法務局は「人権擁護上看過できない」と判断し、学校に対して再発防止策を講じるよう求めた。
事件のその後
当時の校長と秋田県教育委員会の担当者は2021年7月9日、被害元生徒と面会し、いじめ事件について謝罪した。同日に被害元生徒らが記者会見して、謝罪を受けた事実を明らかにした。