熊本県立高校3年だった女子生徒が2013年4月、いじめを苦にして自殺した事件。
経過
熊本県県央地域の熊本県立高校3年だった女子生徒は2013年4月11日朝、自宅敷地内で自殺を図っていたところを家族に発見され、病院に搬送されたが死亡が確認された。
生徒は携帯電話のメモに「つらい学校生活を送る中で」「皆の言葉が痛い、視線が痛い」「消えたい」などと、学校でいじめを受けていることをうかがわせるような記述を残していた。いじめに関係した個人の名前などは記されていなかった。
生徒の家族は、メモの内容について「だれが読んでもいじめがあったとしか思えない」「中傷に悩んでいたようだ」などと訴えた。
新聞報道によると、下級生の女子生徒が当該女子生徒について「亡くなる前から仲間はずれにされているといううわさがあった」と話したという。
一方で学校側は、「いじめは把握していなかった。熊本県教育委員会が2013年1月に実施したいじめ調査でも、当該女子生徒に関する被害訴えは確認できなかった」として、調査の意向を示した。
調査委員会の報告
事件は学校の調査委員会が調査した。
当該生徒は2013年1月から、同級生らと体育大会のダンスの練習を連日おこなっていた。その際にリーダー的な立場の生徒が、当該女子生徒に対して「何でできないのか」「できないのに何で言わないんだ」などと一方的に攻撃するなどの行為が繰り返されていたことが、学校の調査で確認された。その一方で調査委員会は2013年9月10日、「いじめがあったが、自殺との因果関係はない」とする調査報告書を発表した。
その後2014年1月に熊本県の調査委員会が設置された。県の調査委員会は2015年1月15日、「いじめが自殺の要因のひとつとなった」という検証結果をまとめた。県の調査委員会の調査によると、「全然踊れていない」「顔がキモイ、動きが鈍い」といわれたことや、当該生徒が泣き出すと「お前が踊れんとが悪かろがー」と言われたこと、踊れない様子を携帯電話の動画で撮影され「マジ受ける」と笑いものにされたことなど、9項目をいじめと認定した。
民事訴訟
調査報告書ではいじめが認定されたものの、いじめと認定された内容はダンス練習との関係ばかりで、学校生活の状況についての記述は限定的だったという。いじめに関与したとされる生徒の氏名は調査報告書では黒塗りとされ、遺族側にも通知されなかった。
また自殺事案発生当時、学校関係者が「いじめた生徒を仏前に連れていく」と遺族に約束したものの、その約束も果たされないままになったという。
遺族は当時の同級生などに聴き取りをおこない、いじめた生徒の氏名を特定した。しかし生徒の住所がわからないとして提訴には踏み切れなかったという。
2021年になり、生徒の通っていた高校の同窓会名簿を入手したことで、いじめた生徒の住所を特定した。
遺族は2021年5月17日、いじめに関与したとされる当時の同級生8人と熊本県を相手取り、計約8340万円の損害賠償を求める訴訟を熊本地裁に提訴した。
2021年7月28日に第1回口頭弁論がおこなわれ、元同級生側はいずれも棄却を求めた。
遺族側は2021年8月、いじめ訴訟に関連して、加害者氏名やいじめの状況が黒塗りされていない状態の調査報告書の開示を求める文書提出命令を熊本地裁に申し立てた。しかし熊本県は「公務員の職務上の秘密に関する文書であり、公務の遂行に著しい支障を生じる恐れがある」と主張し、申し立ての却下を求めた。
熊本地裁は2022年5月、「遺族が事実関係を知りたいと思うのは当然の心情」「外部への開示と異なり、遺族との関係では秘密性は低い」として、開示を命じる決定を出した。熊本県は福岡高裁に即時抗告した。しかし福岡高裁は2022年11月29日付で、抗告を退け、開示を命じる決定を出した。熊本県は最高裁に特別抗告したが、最高裁は2023年3月31日付で抗告を退け、開示を命じる決定が確定した。
開示を命じる決定が確定したことを受け、黒塗りのない調査報告書が開示されたうえで、調査報告書の開示をめぐって中断していた「いじめ損害賠償」が熊本地裁で継続することになった。
遺族は、黒塗りのない調査報告書が開示されたことを受け、「調査報告書の内容を精査すると、いじめへの関与が確認された」として、2023年11月に元同級生1人を追加提訴した。また、当初の提訴で被告となっていた別の元同級生1人については「いじめへの関与を立証するのが難しい」と判断して、2024年1月までに提訴を取り下げた。
参考事例
この事件から5年後の2018年に別の熊本県立高校で起きた事件。被害者が「熊本県立高校の3年女子生徒」であること、被害生徒への悪口や攻撃などのいじめがあったこと、県教委が遺族側に加害生徒の名前や連絡先を知らせず遺族側の独自調査で加害生徒の氏名や連絡先を特定したこと、提訴が同時期になり地裁では同じ裁判長が担当していることなどの共通点がある。