「必殺宙ぶらりん」事件

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千葉県立高校で1973年、体育の授業中「必殺宙ぶらりん」なる罰を科された生徒がケガをし、教諭の行為が違法行為と認定された事例。

事件の経過

千葉県安房郡和田町(現・南房総市)の千葉県立安房農業高校(現・千葉県立安房拓心高校)で1973年10月4日、1年園芸科の体育の授業がおこなわれた。担当の男性教諭・S(当時26歳)は、クラスを数名ずつのチームに分けて、攻撃・防御の2チームの対戦形式でバスケットボールの練習をおこなうことにした。

Sは、攻撃側のチームがボールを相手チームにとられた場合は、罰として「必殺宙ぶらりん」をおこなわせるとした。「必殺宙ぶらりん」なる罰は、体育館2階の観覧席のへり(コンクリート製・高さ約3.23m)に指をかけてつかまらせ、3分間ぶら下がった後教諭の指示で一斉に1階の床に飛び降りるというものである。

女子生徒6人グループがボールをとられたとして「必殺宙ぶらりん」を命じられた。生徒らは抵抗したものの、Sが「早くしろ。しなければ体操服のタイツを脱がせる」などと怒鳴りつけて、最終的には強要された。

1人の女子生徒・Aさんが床に飛び降りた際に、バランスを崩して背中を打ち付けて転倒した。Aさんは「頸椎・腰椎捻挫」と診断され、約9ヶ月の長期入院を余儀なくされた。Aさんは退院後は自力での通学が困難になり、学業も大幅に遅れて単位不足による卒業延期措置となったのちに補講受講で遅れて卒業するなどの不利益を受けた。

またSは、この「必殺宙ぶらりん」事件のほかにも、生徒に対して日常的に「体罰」を加えていた。Sは1971年度に新卒で同校に赴任し、事件当時3年目だった。

Sや学校側は「必殺宙ぶらりん」を「補強運動」などと主張した。またSはAさんを非難するばかりで、謝罪どころかけがをいたわるような一言すらなかったという。

千葉県教育委員会は1974年、Sを減給処分にした。

刑事訴訟

Aさんと家族は学校側の対応に不満を持ち、1974年3月にSを過失傷害罪で告訴した。一審館山簡裁・二審東京高裁とも過失傷害罪を認め、Sに罰金3万円を命じる判決を出した。

Sは上告したが、最高裁は1981年6月、「危険な運動をするときは教諭が模範演技を示すなど事故防止義務がある」などとした二審を支持して上告を棄却し、Sの有罪が確定した。

民事訴訟

Aさんと家族は1975年10月、Sと校長・千葉県を相手取った民事訴訟を千葉地裁に提訴した。千葉地裁は1980年3月、原告の訴えを一部認めて千葉県に約510万円の損害賠償を命じる判決を下した。

被告側はこれを不服として控訴したが、二審東京高裁は1984年2月に控訴を棄却し、千葉県に約570万円の損害賠償を命じる判決を下した。東京高裁では被告側の「補強運動」という主張について「はなはだ理解しがたい。(補強運動なら)より適切な方法がある」と指摘した上、「必殺宙ぶらりん」について「違法な懲戒行為」と認定した。

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