栃木県那須町で2017年3月、県内の高校の登山合同講習会の実施中に雪崩が発生し、栃木県立大田原高校の生徒7人と同校教員1人が死亡した事故。
事故の経過
栃木県高体連登山専門部は2017年3月、県内の高校山岳部などを対象に、春山安全登山講習会を実施した。講習会は学校管理下の部活動の一環と位置づけられ、県内の7高校の山岳部・ワンダーフォーゲル部などの生徒約50人と顧問教員約10人が参加した。
事故のあった3月27日には、那須岳登山を実施する予定だった。しかし前日から天候が悪化し、積雪があったとして、講習会全体責任者・高体連登山専門部委員長(栃木県立大田原高校教諭)、同専門部副委員長(栃木県立真岡高校教諭)、同専門部前委員長(栃木県立真岡高校教諭)の運営幹部3人の相談を経て、事前に予定していた那須岳登山を中止し、スキー場付近での深雪歩行訓練を実施する計画に変更していた。
当日午前8時頃から、参加者を5班に分け、訓練を実施した。
全体責任者の委員長は本部に残り、現場引率者との無線連絡で陣頭指揮をおこなう役回りとなった。
先頭の1班は副委員長が引率し、栃木県立大田原高校の山岳部員12人と同校山岳部副顧問教諭での編成とした。
後続の2班以降も、それぞれの班で、専門委員が引率者となり、各校の山岳部員などの生徒や顧問教員がメンバーとなる編成となった。2班の引率には前委員長がついた。
各班ごとのグループに分かれて歩行訓練を実施していたところ、午前8時30分頃~同45分頃(推定)に雪崩が発生し、1班から4班までの各グループが巻き込まれた。
先頭の1班に特に被害がひどく、死者の生徒や教員8人はすべて1班の所属だった。ほかにも、生徒や教員あわせて40人が負傷した。
引率者らは事故発生を受けて、本部の委員長に無線連絡や携帯電話での連絡を試みた。しかし委員長は事務作業や宿舎の片付けなどをしていたことなどで無線装置から離れた場所にいたことや、携帯電話が低温で起動しなかったことなどで、本部との連絡がつかなかった。
離れた場所で指導していて難を逃れた5班の引率者が、別の引率者と本部との無線連絡を傍受して、現場にいた引率者に無線で指示を仰いだ。「徒歩で本部に戻って、委員長に異変を伝えてくれ」と指示されたことで本部に戻り、午前9時15分頃に委員長に異変を伝えた。委員長は駐車場の車に荷物を積み込んでいたという。そこから救助要請がおこなわれた。救助要請の第一報が入ったのは、午前9時20分頃になった。
刑事事件
刑事事件としては、栃木県警は2019年3月、「生徒・教員8人を死亡させ、別の生徒ら5人を負傷させた」として、委員長(本部担当)、副委員長(1班引率者)、前委員長(2班引率者)の3人を、業務上過失致死傷容疑で書類送検した。宇都宮地検は2022年2月、3人を同罪で在宅起訴した。
教員側は「雪崩は予見できなかった」と主張し、無罪を求めて争った。一方で検察側は「大量降雪や急斜面の危険性などを全く検討せず、安易に計画を変更し漫然と訓練をおこなった」として、各被告に禁錮4年を求刑した。
宇都宮地裁は2024年5月30日、講習会が学校教育活動の一環であり「安全確保が強く求められていた」と指摘した上で、主催者側は地形的な特徴や事故前日からの新雪が少なくとも30センチに達していたことなどから「雪崩発生の危険性を予見することは十分に可能だった」と認定し、講習を実施した引率者側の3人の教員に対して、禁錮2年の実刑判決を下した。
引率教員3人は判決を不服として、2024年6月12日付で東京高裁に控訴した。
民事訴訟
2020年に、死亡した生徒の一部の遺族と教員の遺族が、栃木県・県高体連・引率教員3人を相手取り、民事調停を申し立てた。しかし不成立になったとして、2022年に民事訴訟に踏み切った。
栃木県は、死亡した教員については過失相殺を主張した。しかし教員の遺族は、「当該教員は登山歴1年程度で、山岳部顧問になったことにも悩んでいた」などとして、過失相殺は当てはまらないと主張した。
宇都宮地裁は2022年9月、栃木県と県高体連および引率教員3人の過失を認め、計約2億9270万円の損害賠償を命じる判決を出した。栃木県が主張していた、死亡した教員の過失相殺は認めなかった。一方で引率教員個人の賠償責任については、国家賠償法に基づいて個人責任は問えず、県が負担するとして認められなかった。
原告・被告とも控訴せず、一審判決が確定した。