いじめ事件関連年表(1980~89年)

いじめ事件に関する出来事を年表形式でまとめています。

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1980~1989年

1981年3月2日 宮城県鳴瀬町立野蒜小学校(のち東松島市立。東日本大震災の影響により2016年に東松島市立宮野森小学校に統廃合し閉校)6年の児童が「友だちにいろいろ言われるので死にたい」といじめを受けたことをほのめかす遺書を残して自殺。

1983年2月4日 埼玉県所沢市立中学校3年の男子生徒が学校から帰宅途中、同級生をナイフで刺殺。刺した生徒は普段からこの同級生からいじめを受けていて、事件直前に同級生がこの生徒に暴力を振るったことでもみあいになった。ナイフは当日の授業で使用し、自宅に持ち帰るために所持していたという。

1984年11月1日 大阪市城東区の私立大阪産業大学高校(現・大阪産業大学附属高校)に通っていた男子生徒2人が、同級生からのいじめを苦にしてこの男子生徒を殺害。

1985年2月6日 大阪府堺市立中百舌鳥中学校1年の女子生徒が、いじめを苦にしているとするメモを残し、堺市内の府営住宅高層階踊り場から飛び降り重体になる。のちに死亡。

1985年6月 福島県須賀川市でいじめを口実に加害者側から金銭を脅し取ろうとしたとして、母親とその知人の暴力団員が逮捕されていたことがわかった。母親が「自分の息子が学校でいじめにあった」として暴力団員に相談、共謀して金銭を要求した。

1985年8月7日 群馬県前橋市立第六中学校で1983年7月、当時1年の男子生徒が同級生から暴行を受け植物状態になったとして訴えた訴訟で、学校の管理責任を認め前橋市が3800万円を支払う内容で、前橋地裁で和解が成立。

1985年10月 大阪府南河内郡の私立中学校2年だった男子生徒が1983年、同級生から現金を要求される・暴行を受ける・カバンに虫を入れられるなどのいじめを受け、暴力を受けて全身打撲で一時入院したなどとして、加害生徒6人とその保護者に約224万円の損害賠償を求めた訴訟で、加害者側が要求額全額を支払う内容で和解が成立したことが明らかになる。

1985年10月14日 群馬県富士見村立(現・前橋市立)富士見中学校2年の男子生徒が、所属するバスケットボール部内でのいじめを苦に自殺図り重体になる。のちに死亡。

1985年11月20日 東京都大田区立羽田中学校2年の女子生徒が、クラスでいじめの加害行為を強要されようとしたことを苦にする遺書を残して自殺。警視庁は1986年1月までに、いじめグループ13人を補導し、うち中心となっていた6人を書類送検。6人が中心となり、他の生徒を「舎弟」として引き入れて標的の生徒へのいじめを強要していた。

1986年2月1日 東京都中野区立中野富士見中学校(現在は統廃合で閉校)2年の男子生徒が自殺。生徒は同級生2人の実名を名指しし「このままでは『生きジゴク』になっちゃうよ」などといじめを苦にしていると訴える遺書を残していた。いじめの一環として「葬式ごっこ」がおこなわれ、教諭4人も加担していたことが明らかになった。

1986年2月22日 三重県尾鷲市立中学校1年の女子生徒がいじめを苦にして自殺を図り翌日死亡。小学校1年の時に市の外れから市街地中心部の学校に転校したが、言葉の違いなどでいじめられ、中学校でもいじめが続いていた。前日には校内のクラス対抗スポーツ大会で、同級生の女子生徒5人から全裸にされて殴られるなどの集団暴行を受けていた。

1986年2月22日 大阪市立橘小学校(西成区)6年の男子児童が、いじめを訴える遺書を残して自殺。4人グループからプロレスごっこと称した暴行などを受けていた。「この児童がいじめを受けている」と同級生が担任教諭に訴えていたが、教諭や学校側が隠蔽したことも指摘された。

1986年3月31日 大阪府高石市立高石中学校1年男子生徒がいじめを苦にして1980年9月に自殺し、遺族が高石市と加害生徒6人を相手取り訴えた民事訴訟、「高石市は遺憾の意を表明し、教訓を教育行政や教育現場に活かす努力をする」「加害者側は連帯して慰謝料200万円を支払う」内容で、大阪地裁堺支部で和解が成立。

1987年1月13日 東京都品川区立浜川小学校5年の男子児童が、品川区内のマンションから飛び降り自殺。いじめを受けていたと訴えていた。

1988年2月 東京都町田市立小学校で、慢性肝炎の持病を持つ2年の男子児童が、病気を理由に同級生から「近寄るな」などといじめを受けていたことが報じられる。同級生の保護者は「うつるから一緒に遊ばせないで」などと申し入れていたという。一家は転居と別の学校への転校を余儀なくされた。

1988年7月15日 神奈川県平塚市立山城中学校に草刈鎌とおのを持った男が乱入し、授業中の3教室を襲撃して生徒8人に重軽傷を負わせる。犯人は近所に住む男(当時29歳)で、同校の生徒からからかわれたり石を投げられたりするなどの嫌がらせを繰り返し受けたとして、学校に被害を訴えていたという。

1988年9月26日 奈良県河合町立河合第一中学校2年の男子生徒が、いじめへの報復として、いじめ加害生徒をバットで殴り死亡させる。

1988年2月 川崎市立幸町小学校(幸区)の6年生のクラスが学級崩壊状態になり、一部児童によっていじめやリンチ・対教師暴力などが相次ぎ、保護者が交代で立ち合うことになった。しかしある児童の授業態度を咎めた保護者がその児童から殴られる事件も起きるなど状況が悪化し、学校側は緊急避難措置として「特に激しくいじめられていた児童3人を別のクラスにする」措置をとった。

1988年12月21日 富山市立奥田中学校1年の女子生徒が、同級生からのいじめを訴える遺書を残して自殺。

1989年3月 千葉県柏市で不審火相次ぐ。千葉県警は3月17日、柏市立中学校1年の生徒を容疑者として検挙。「学校でいじめられていた腹いせで放火した」と話したという。

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